| 部族民通信ホームページ 投稿 令和8年7月30日 発足開設元年6月10日 |
サイト主宰 蕃神(ハカミ)義男 |
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| サルトル著 Critique de la raison dialectique 弁証法理性批判 Dialectique Dogmatique et Dialectique Critique 教条的弁証法と批判的弁証法章の紹介 3 (Youtbe7月30日投稿の前文) | |||||||||
| (2026年7月30日)Youtube本投稿ではサルトルが歴史に臨むさいの課題2を採り上げます。1精神は歴史に参画する 2個の認識から発生するpraxisが集団のpraxisに発展する仕組み—これら解決にサルトルはヘーゲル理論を応用します。その著(精神現象学
Phénoménologie de l’Esprit )にて個、認識の2段階発展をヘーゲルが展開し、上位の認識はモノ(真理)の内部に入り込む(Pour-soi対自)、絶対の知を獲得せんとするを歌い上げます。その仕組みを個とpraxisとの関係に置き換えた。
行動に移る前段階では個は曖昧とした革命概念しか持てない(en-soi即自)。Praxisの仕組みはモノなので存在している(実存)。認識をpraxisに移し、内証して「必要、否定、乗り越え、企画」と目覚め、行動に取り掛かる(自由を得る)。謂わば実存主義的praxisとなります。 ここに至るまで即座にヘーゲルを持ち込むのではなく、本来のマルクス主義を批判します。マルクス自身が歴史は精神の伸長にあわせ発展すると指摘します。ここは唯物史観とは異なり、またマルクスの自筆でその趣旨が説明される文章を(投稿子は)知りません。教条的マルクス主義とは暗に、ソ連の思想社会体制を揶揄するわけですが、これは「実証主義のお遊び」と言い切ります。 思想として「共産社会への弁証法的発展を放棄」「今の世の現実が真理」として、改修されたマルクス主義を強弁する。 後者の課題(praxisが個から集団に発展する)は、個のpraxisが実存精神に統治されるとすれば、思考として個から集団に発展することはあり得る―との理論背景が認められますが、本投稿ではそこまで分を進めていません。 動画リンク https://youtu.be/0vt1V8l0srE ショート動画リンク https://youtube.com/shorts/YxNofP5VrhU |
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