南北新大陸に北上したであろうルートを重ねた(再掲)
神話北上の例証に南北神話の間には「同一」と「差異」が認められるとした。
しかし反論が多かった。似ているのは当たり前と。

レヴィストロースは「近似を語るのではなく、差異を探るのだ」と一蹴にして取りあわなかった。


近親姦の相関図(裸の男47頁)PDF
2019年10月15日PDF
モンマネキと月の嫁神話
パラダイム比較(写真は一部)

PDF
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年5月31日
 
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   神話学最終章 フィナーレ解説  3 人類学
  新大陸神話の北上説について1   (2020年5月31日投稿)
 
   

レヴィストロース神話学第4(最終巻)L’HommeNu裸の男の最終章「Finaleフィナーレ」を1~2に投稿し(4月15日)、その関連でPiaget批判を紹介した(4月30日)。改めてフィナーレに戻る。

「新大陸神話の北上」説について

レヴィストロースが第3巻「食事作法の起源」で提案した説です。20191130日掲載「裸の男l’hommenu神話学第4巻を読む」の第3回に掲載クリック。あるいはサイト内のGoogle検索機能(Index頁左上のロゴボタン)を用い「神話北上」を検索すれば数頁がヒットします。

昨年11月の掲載内容は「どの様な伝播メカニズム」を経緯したのかを取り上げています。マトグロッソから北アメリカへの伝播。その遠距離伝播のエンジンなど。

以下がまとめ;

 

1      比較的伝播距離の短い例、南米アマゾニアとされる水域のTucuna族アマゾン上流とArawak族同下流では「伝達」的な伝播は予想される。「伝言ゲーム」のリレーを仮定しています。しかし南米から北米への移動において伝達では心許ない。ゲームでは数人のリレーを経るだけで、チームそれぞれがバリアント(変異)を形成してしまう。M1神話から北米までの経路をリレーとして再現しPDFをクリック。

2      遠距離を旅しても基本の変容が見られない理由として神話のschemesyncronie とdiachronieに分解し、syncroniqueは定性(因果)diachroniqueは時性(因果)とする。この横縦の因果関係を神話同士で共有すれば、いくらかの変異(特に縦方向、時性)が検知される(Finale566頁)が、variantesの範囲である。これは部族民蕃神の発明などではなくレヴィストロースの思考(langue, paroleの機能分担を定性と時性とに分けて伝播の源泉とした)をモトにしている。

 なおレヴィストロースが分けた定性、時性を部族民蕃神は共時因果と経時因果に分離し、パラダイム分析を試みた。これに基づいてPDF(南米アマゾニアTucuna族と北米大平原Arapaho族神話の比較)を2葉作成した。
PDFモンマネキ人獣婚などを横列にした。

PDF転がる首神話群をパラダイム変換して群としてまとめた。

この
PDFの解説は後述にまわす。

 

各論から総論に入る。

 

1      南北大陸の神話叢は似ている。近似とは筋立て(armature)と伝達内容(schemeスキーム)において同一(identique)、時には逆立(inverse)の関係が認められるから。これを突き詰めると神話学全4巻に収録された総数813の神話は全て、基準神話M1(ブラジル・マトグロッソに居住する(していた)ボロロ族の「鳥の巣あらし」神話)との直接、間接に関連があるとの主張につながる。

2      北上説の間接ながらの証明とは、「筋の流れにおいて」南北の差違が顕著であるものの、北米神話の構成は複雑かつ精緻、登場者の数も多い。

 

筋の「複雑化」は同様の事象を「物語として」繰り返すからである。例として近親姦を挙げるとM1神話では一回の上下婚(ハハコタワケ)で天地創造に至るが、北米神話(イシスの冒険譚)では数世代を繰り返す、それだけ英雄イシスの生誕は曰わく因縁の重なりとして聞き手に劇的心証を醸し出す。神話の語り口など聞いたことはないから推察。

PDFを作製、イシスの冒険に読む罪と罰の第3頁、20191115日掲載、サイト内Google検索で「イシスの冒険」でこの頁とPDFに接近できる)。

遠方に伝播するほど事象の重なりによる複雑さの度合いは増える、これはある意味で原理です。第3巻の「神話から物語りへ」でレヴィストロースはこの仕組みを神話の「新聞連載小説化」と明かしている。

 

3      発表してまもなく北上説には批判が多く投げかけられた。

「そもそも南北大陸先住民はベーリング海峡を渡って南下分布した歴史事実があるのだから、似通いは当然。民族の流れ(北から南)に沿って神話も伝播したとする考え方は無理がない」(アメリカの人類学会おおかたの意見)。これに対してレヴィストロースは「似通いを論じているのではない、差違が大事なのだ」と一蹴する。

 

何故に差違が重要かと言えば、もし民族移動と神話の流れが平行するなら差違(逆立)は少ないはずだ。しかしそれぞれの地域での基準神話が総体の基準神話(M1)と少なからず差違を見せる。その事実は民族移動と神話伝播の方向が逆である証左である。歴史神話学(フィンランド学派)は同一性を探した。これとは逆の指向である。

 

1の似通い、同一と逆立について。

 

大前提としていささか哲学から;

人あるいは部族がとある思想(神話)に接する。反応として「同意」と「反意」いずれかにに分かれる。この精神作用はプラトンの説くdialogue対話(正反のせめぎ)に遡るし、批判critiqueとも重なる。人が思考の根源にもつ判断作用である。その知性を先住民が(われわれと)共有している。

同意は神話のidentique(同一)に、反意はinverse(逆立)つながる。先住民神話に両者が認められるとは、そこに方向性を持つ交流がもたれた証拠である。

(レヴィストロースはここまで語っていないから、部族民蕃神がお節介的に注釈した)

 

On est alle dans le troisième volume de l’Amerique du sud a l’Amerique du nord , grâce a des mythes inverses dont la signification était identique

訳;第3巻において南アメリカから北アメリカに舞台を写す事ができたのは、 (基準神話)と比べ意味するところは同一ながら(形態)は逆立している幾つかの神話のおかげである。

続いて;

Dans le quatrième volume, on revenu d’Amerique du nord en Amérique du sud grâce a des mythes identiques (M529-531 reproduisent M1,M7-12) dont la signification était inversee<

訳;第4巻では北アメリカ神話を取り上げ、南アメリカにも回帰できた。その理由は神話そのものが同型ながら意味するところが逆立している幾つかの(M529-531)神話を認められたからだ。

神話(そのもの)とその意味(signification)が同一と逆立の関係を見せている。これは何を語るのであろうか。この分析を始めるに神話番号が記載されているから、取りかかりに容易な後者から始めよう。すなわち;

 

両者(M1 bororo族神話)と(M529 Klamath族)とで神話(そのもの)は同一、それらの意味が逆立しているのだと。

 

M529(イシスの冒険神話)はホームサイトで紹介されている(裸の男神話学第4巻を読む220191115日掲載)。粗筋をここに引用する。

 

嫁ぎ先に戻る姉に弟が供をすることになった。太陽は中空にかかる、今出立して夕前には到着する行程であるから、母は同行を許した。しかし何故か日がとても早く暮れてしまった(別バージョンでは太陽に早く沈めと姉が脅す)。野の窪みに二人は宿る。寝入った弟の脇に姉が滑り込む。<La femme vint se glisser pres de son frere endormi. Il seveilla et fut choque de la trouver contre lui ((Quleelfole ! Vouloir devenir lepouse de son propre frere !))>

<女は身をすべらし弟は目覚めた。姉を己の上に見て、ただならぬ衝撃を受けた。なんと愚かな行い、血を分けた汝の弟の妻になろうとはと非難した。姉は寝入り、太い幹を身代わりに置き弟は逃げ出した。村に戻るやつぶさに、起こってしまった顛末を母に語る息子、一部始終を聞いて母は大惨事を予兆しおののく。姉の目覚めは昼下がりとなった(早く隠れろと命じた分、翌日にも太陽周期は速まっていた。太陽周期律を乱した罪のしっぺ返し)。

その後:姉は猛り狂い火を部落に落とし、部族民を皆殺しにして、己はアヒ(水鳥、奇怪な声で鳴く)に変身する。焼死した母の胎か引き出された兄妹は、成人して夫婦の契りを結び世界創造の英雄イシスをもうける。

幾度か紹介しているが、M1神話をここに紹介する。

通過儀礼(成人になる)を直前に控えた若者(バイトゴゴ)が母を犯す。バイトゴゴのひも飾り(個人を特定できる)を母はみよがしに身につける。父は己の妻が子と密通したと知り、子バイトゴゴに試練(通過儀礼)を与える。最後の試練が「鳥の巣あらし」に巨木(断崖)に置き去りにされる。ジャガーに救われ、火と狩猟用具を盗んで村に戻る。(神話学第一巻生と調理の3630日掲載)

神話M529(イシスの冒険)とM1(英雄バイトゴゴ)は神話で同一、意味で逆立するのであると尊師が曰う。神話、意味、同一、逆立の意味を正しく取らないと理解につながらない。

レヴィストロースは神話(M529)紹介の後M1神話との共通性を解説している。

1    近親姦が発端

2    バイトゴゴ、イシスともに「きらびやかな偉丈夫」の意味

3    岩壁に孤立(イシスは巨木に取り残され)

4    ハゲワシに一旦殺される(イシスは死の直前までに衰弱)

5    ジャガーに助けられる(イシスは蝶姉妹に)

6    村に戻り父と母を殺す(新たな世界の創造)、一方イシスも村に戻り義父を殺すが世界創造譚には結びつかない。

これら共通性を個々に見ると違いも散見する。それらをカッコ(...)として注に入れた。また1の近親姦ではM1は実母とバイトゴゴ、対してM529では例文に挙げた例のほかイシス嫁と義父(俗神)など4世代の繰り返しとして語られる。この筋立ての複雑化は「神話から読み物Du Mythe au Roman」の一典型として理解できる。

PDFイシスの冒険罪と罰にて解説。

(皮切りの一夜の野宿を共にした姉と弟に「姦淫」が発生したか否かは本文は曖昧らしい。故にレヴィストロースも曖昧に論じている。しかし、小筆は筋の前後からして発生したと断ずる)

これらの共通性をしてレヴィストロースは「イシス神話はバイトゴゴ神話の再生reproduction」としている。この言から両者はidentique同一と捉える。神話の構成において同一となる(1~6)。レヴィストロースは第一巻(生と料理)初頭の「序曲ouverture」にて「神話とはarmature構成とscheme全体思想の対峙である」と説明している。するとarmatureにおいて同一であり、inverse逆立するはsignification意味合いで、それはschemeスキームとなる。

小筆は上1~6で見逃せない差異を取り出したい。それらが神話意味の逆立につながるはずだ。

発端の近親姦は両者で異なる。

イシス冒険の発端となる(それ以前の近親姦は物語化したロマン)嫁と義父の姦淫は「近親姦淫」には入らない。

地霊神とイシスの関係がそもそも義父と養子である。ゆえにイシス嫁と義父の関係は血縁ではない。そして二人は、姦淫を実行した後には制度としての婚姻関係を保っていた。イシスは実の兄妹の夫婦から生まれたけれど、その彼らにしても「密通」などしていない。制度として(共同生活する)婚姻関係を築いていた。一方、バイトゴゴと実母の姦淫は「密通」、ふとした過ち、出来心である。制度として共生する意志はそこになかった。PDF参照。

前者は制度として禁じられている、婚姻関係を持ってはならないprohibition(禁止)がその言葉である。後者のM1の上下婚は密通であり、ここにはprohibitionなる語は適用されない。禁忌tabooviolation(犯し)が適正であろう。一方は制度の破り、片方は禁忌犯し。近親姦を巡る逆立と言えないだろうか。

両者とも「偉丈夫」とされる。その由来が逆立している。バイトゴゴは裸のまま(通過儀礼前なので服飾の着しはできない)放逐され死ぬ。生まれ変わって復讐してのち偉丈夫となる。イシスは成長し、偉丈夫となる。立派な服装を脱いで裸になれと義父が命じ、彼は巨木に取り残される。服飾の様(先住民はこれを人の格付けとする)の移り変わりが逆である。

バイトゴゴは火と狩りの技術(弓矢)を盗み人に与え、水を創造した。自身も偉丈夫に成長し、服飾コード(金剛インコの頭飾りなど)を編み出した。文化を創造したヒーローである。イシスは狩りに立派な腕前を持ち、服飾の様にも秀でていた(5人の妻を持つから手の込んだ服を着せる)。裸に戻って遺棄され蝶姉妹に助け出された。快復の途上、生け捕ったヤマアラシの棘毛を用いて新たな服飾コードを生みだした。

前から知る狩りの技術も蝶の村に伝えたが、己の村に戻っては養父を殺して、その後に放浪する(別神話)。その村に文化を与えなかった。文化創造の逆立と言える。

 続く
 
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