武内宿禰が仲哀天皇の葬儀(モガリ)に報じた祝詞(岩波古典文学大系)
当時の罪の概念は今の人々が感じている「行為」としての罪ではなく、状態としての罪です。例えば畔放ちは畦から水を横溢させるままにしておく(労働を怠る)罪穢と捉えます。すると白人胡久美(ライ、セムシとする)が罪である理由にも納得がいきます。これを因果、祟りなどの「魔術思考」(モノをすぐさま結びつける)とすれば、日本人多くが今も心裏に潜ませる「因果応報」と同類となり、現代にもつながる。


(蕃神)
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2021年2月15日
 
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本朝たはけ2000年 下(補遺) (2021年2月15日投稿)  
 

補遺:以下は参考として

本文引用の古事記武内宿禰の祝詞は延喜式にて大祓い祝詞として位置付けられている。延喜式を開くと(国史大系、吉川弘文堂)

大祓6月晦、12月は之に準ず。そして式次第と祝詞。

冒頭「集まり侍る親王諸王諸臣百官人等、聞き給()え」「高天原に神留座しますに....

から始まる。「穢れ」はこの数行の後に、

罪過すは雑雑なれど天津罪は畔放ち、溝埋め、樋放ち、頻蒔き、串刺し、生け剥ぎ、逆剥ぎ、屎戸。許許太久(これらの)罪。

國津罪は生き膚断ち死に膚断ち、白人、胡久美、己母犯罪、母輿子犯罪、子輿母犯罪、畜犯罪、昆虫災、高津神の災、高津鳥災、畜朴、マジ物の罪など許許太久(これらの)罪にあるぞ。如此出れば高津の宮の事を以て

以下は現代語訳(ネット「開運の神様」から頂戴した)

このように犯罪が出てきたなら、高天原の神事をもって、金属のような硬い木(高天原で使われるとされる祓串用の細い木)の上下を断ち切り、祭壇を設けてたくさんの供物を供え、高天原にある麻の木(天の管そ)の上下を断ち切り、多くの針で細く引き裂いて(=ぬさ)高天原伝来の神聖な祝詞【天つ祝詞の太祝詞事】を奏上しなさい….」

延喜式での罪の内訳は古事記宿禰の祝詞と変わるところ多くはないが、天津罪と国津罪に分けている。2分した延喜式なりの理由は想像するしかない、「素戔嗚尊が高天原でしでかした罪」を天津罪とし、他の全てを國津罪とする(折口信夫ら)に従う。延喜式は神社を天神と地祇に分離している。天神で天つ罪を祓い地祇で国つ罪を…との解釈は出任せに過ぎないけれど辻褄があいそうだ。そのうち調べる。

本朝たはけ2000年 補遺の了 

 

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