訪問者様各位

遅き(1月25日)ながら新年2021年おめでとう
陳者、私儀
2020年の後半は新型コロナ禍に職を失し、群馬なるオワタ市(=オワタは盟友渡来部の言)で半年を出稼ぎに汗を流した。本年1月に帰京した。

親族の基本構造に取りかかります。
レヴィストロースは歴史を流れとして考証する学派に席をもつものではないのですが、人類がどのようにして社会を構築したか、その歩みを本書にて展開しています。自然、前社会、原初社会、そして「限定交換」を編み出した部族社会。その過程を考察しています。ただし実学として実証する瑣事は試みず、論理と思弁で自身の説を語りかける本書は哲学としての人類進化論でもあります

今後もご贔屓に、令和3年
正月
蕃神義男

旧石器時期の社会構造を解き明かすのは考古学者であろう。投稿子は「悲しき熱帯」で論じられているNambikwara族(マトグロッソ中央部に居住)の生活にその一端が窺われるかと思う。半移動(狩猟で糧を得る)、半定住(小規模農耕)の生活。移動を前提とするから家財什器は極端に少ない。ハンモックは南米先住民の発明であり、汎南米部族的に用いられるが、彼らだけはそれを所有せず、地べたに寝転がる。
数家族20人を超えないバンドを組み、移動す
る。


写真(著作から)は同族の母子、母は子を抱き什器一切をかごに背負い移動する。

彼らにして弓矢を用い、毒を自家薬籠中にしている。種苗は栽培種で、これらから新石器革命の申し子であることに我々と変わりありません。
土地生産性が低い環境での.、旧石器バンドとの生活形態の似通いとして、比較しました。

移動生活に入ると彼らは大喜びする。移動労働の実際には苦しい、しかし苦労しても「肉」が食める、さらにはあちこち廻って憂さ晴らしできる(悲しき熱帯の記述から)。

 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2021年2月15日
 
ボロロ族酋長 
悲しき熱帯より
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蕃神(ハカミ)義男
Les Structures Elementaires de la Parente親族の基本構造」2 本文 Introduction 関連する頁
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   目次

自然と文化

文化の誕生は規則から

その禁止は自然と文化

本文の前部分は2部に分かれ1Nature et Culture(自然と文化) 2Probleme de l’Inceste (近親婚の問題 今回投稿は

Les Structures Elementaires de la Parente親族の基本構造」2 Introduction

本文の前部分は2部に分かれ1Nature et Culture(自然と文化) 2Probleme de l’Inceste (近親婚の問題 今回投稿は1の紹介です)

1第一章自然と文化Nature et culture

書き出しにこれまでの研究成果をそれらの方法論から否定する。

De tous les principes avances par les precurseurs de la sociologie, aucun n’asans doute, ete repudie avec tant d’assurance que celui a trait a la distinction entre etat de nature et etat de societe>3頁)

社会学先達がくみ上げた理論の中で、自然と社会の区別を論ずる説ほど排撃された論はない。要するに自然と文化の関連など「誰も研究していなかった」と言っている。

続いて<文明の黎明期、社会組織が未発達でかつ文化的ともいえる活動が未だ活発でなかった初期人間社会のあり方には論が進んでいない>

それ故、民族学者、社会人類学者の誰も「文化の誕生」を論じていなかった。

一例として;<Ecole d’Elliot Smith et de Perry l’ont reprise pour edifier une theorie constable…>(同)

スミスとペリー学派がこれに取り組み、確固たる学説を残したのだが….(以降の原文の引用を省く)それにしても歴史図説のあやふやさから、文化発展が刻んだ2の段階、すなわち新石器革命が成し遂げた発展とその前段階との比較に認められる、強烈な対照性を明らかにはしていない….として手放し評価を控えている。(ElliotSmithは文明史の再現に取り組み「あらゆる文明はエジプトに端を発する」としたが後に批判を受けた=Wiki..などネット採取。このあたりを語っているとみられる)

caractre revolutionaire de la transformation neolithique>新石器における革命的変身、新石器革命に視点は集中する。それを文化の一大進化とレヴィストロースは位置づける。

旧石器ネアンデルタール人を引用し、彼らの文化性向を否定はしないものの、それらの出土状況(家畜の骨は見あたらない、工芸技法の未熟、邑落構造の矮小など)を新石器以降と比べると<avec une rigueur toute comparable, bien que dans un sens different,a celle que les auteurs du XVIIe ou du XVIIe siècle pretaient a leur propre distinction>

訳:17世紀そして18世紀に活躍した科学者らが、己を特定するに、前世紀までの成果と比較して、厳然とした差違を誇ると同じく新石器時代と新石器では、これと同等の乖離を認める。17~18世紀は「Siecles des lumieres光の世紀」と呼ばれ、哲学、学芸、文学など一気に花開いた世紀である。その前世代(スコラ哲学の硬直性など)との隔たりを文化、社会における新旧石器時期の差違と較べたのである。

17,18世紀についてもう一題。前作の「PenseeSauvage野生の思考」では「具体科学=野生の思考、新石器革命で誕生した」に「近代科学=sciences modernes16,17世紀に勃興」を対比させている。「野生」出版は1961年、「親族...」第21966年。5年の後に文化の誕生を「婚姻規則」の形成として展開した)

以上が冒頭の頁(第一章自然と文化の3頁)中身です。ここにレヴィストロースは伝えかけ(メッセージ)を明確に表している;

1      社会は何らかの境を契機として爆発的に進展する。

新石器「革命」などなかった。年数をかけて、徐々に文化は発展してきたとする理論がある。レヴィストロースはその立場を取らない。

2      人は2度、革命的進展を経験した。新石器革命と近代科学「革命」。新石器革命時に取得した「思考」「哲学」「生活形態」は、先住民とされる人々が継承しているが、近代にも残映の影は濃い(野生の思考の主題)。旧石器あるいは火も「革命」。しかしそれらは考古学の題材、社会科学の範囲を超える。(火の獲得と文化誕生は神話学4部作の主題)

新石器革命を経て生産力向上を成し遂げた人類。

生活形態も旧態の小バンドから邑落、そして部族「社会」に巨大化した。さらには複数邑の落間の交流が、人的にも資財にも活発になったとは予測がつく。新石器革命で進化したのは思考(野生の思考)のみならず、社会の有様も生産力増大の影響をうけた。

複雑化した有機体が新たな社会となった、その系をどのような理念で維持していったか。

本書はその力学構造を「規則regleの確立」としている。

社会が成り立つには「規則の発明」が必須。社会は規則の揺りかごにて成育する。

La culture n’est , ni simplement juxtaposee, ni simplement superposee a la vie. En un sens, elle se substitute a la vie, en autre elle l’utilise et la transforme , pour realiser un synthese d’un ordre nouveau>4頁)

文化とは生命の上に単純に乗っかった状態でも、まして横並びでもない。新たな秩序を実現するためにある方向では生命に替わり、別の観点からは生命を利用し、また変換させている。

(文体、“simplement単純に“を繰り返している。2番目のそれを“indifferemment無頓着に“などと言い換えない。表現としては「稚拙」を持ち込んでsimplementの語勢を強調した効果は次の句「substituerutiliser」など動詞に現れる主語の意志を強調するためかと思います)

規則についてもう一文;

Partout ou la regle se manifeste, nous savons etre a l’etage de la culture. Symetriquement, il est aise de reconnaitre dans l’universel le critere de la nature. Car ce qui est constant chez tous les hommes echappe necessairement au domaine des coutumes, des technique et des institutions par lesquelles leurs groups se differencient et s’opposent>(10)

規則が存在するところ、そこは文化に到達していると分かる。これと対照的に自然が居残っている諸般もたやすく理解できる。なぜなら、全人類に共通して認められとしたら、その事例が自然から派生しているから。習俗、技術、制度などを通して人間集団は区別され対立している。これら(社会毎に差違がある)現象は自然に起因していない、文化の範疇といえる。

2の引用文を通して;

1 自然と文化は共存関係ではない別の統合システムである 

2 文化システムは「規則」を導入する事で統合を得た 

3 全人類に共通すれば「人の生命=自然」から生まれた。族民、社会によって変異があれば文化から生まれた事情を物語る。

文化は規則から始まる。大胆であるがこの主張には皆様も同意するかと思います

もう一の指摘「全人類に共通事項は自然から発する」「社会毎により変異がある制度は文化から発する」。本能は共通であるから、生命自然に属する。ここにも納得がいくと思います。

次にレヴィストロースは「規則の始まりはprohibition de l’inceste近親婚禁止である」と決めつける。これには皆様、首を傾げるかも知れないnous voulons dire que cet ensemble complex de croyances, de coutumes , de stipulations et d’institutions que l’on designe sommairement sous le nom de prohibition de l’inceste. Car la prohibition de l’nceste presente les deux caracteres ou nous avons reconnu les attribus contradictoire de deux caracteres exclusifs : elle constitue une regle, mais une regle qui , seule entre toutes les regles sociales, possede un meme temps un caractere d’universite.>(同10頁)

(目の当たりにしている醜聞ともいえる語)=前文から=とは信心、慣習、規約、制度をひとくくりにしている近親婚の禁止である。なぜかと言えばその禁止は排他的性格を持ちかつ矛盾をみせる2の属性を具有しているからである。一つの規則(regle)に支配されているのだが、あらゆる社会規則の中で、この規則のみが社会性と同時に汎人類的性格を持つ。

続いて;

il suffira de rappeler que l’interdiction du marriage entre proches parents peut avoir un champ d’application variable selon la facon dont chaque groupe definie ce qu’il entend par proche parent>(10頁)

近親者同士の婚姻を禁止するに他ならないが、「近親者」をどのように定義づけるかは社会制度に規定されているのだが、集団それぞれが異なる範囲を決めていると述べるだけで事足りる。

prohibition….interdiction du mariage婚姻の禁止と言い換えている。Prohibitionの語意にまつわる「禁忌、情念行為の戒め」を否定し、制度上の禁止であると明確にしている。部族民注)

先に「全人類共通」は自然、すなわち生物体として根源から発するとした。食欲、性欲などはいかなる人類社会にも付着しているから、これらは自然、生命由来と遡れる。しかし社会毎に異なる様相は「文化」が源である。食べるは自然、食事作法は文化。このように分別できる。

そして、

レヴィストロースは「近親禁止」は一つの規制に支配されるが、その規制は「自然」由来であり、かつ「文化」にもその源を探れるとしている。「自然起因」、すなわち汎人類である例証を;<La question n’est donc pas savoir s’il existe des groupes permettant des mariages que d’autre excluent , mais plutot s’il y a des goupes chez lesquels aucun type de marriage n’est prohibe>11頁)

ここでの疑問とは他集団が禁止する婚姻の組み合わせを別集団が認める事はあるかないか、ではない。いかなる組み合わせの婚姻でも認める集団は(人類に)存在するか否かである。答えは….

La response doit etre alors absolument negative ,a un double titre :>(同)

その答えは絶対に否定である(そんな社会は存立していない)。なぜなら2の仕組みから説明できる

1      婚姻が可あるいは不可(interdiction)を決めるのは、両性の血脈(consanguinite)の近さ遠さの判断ではない。社会が決める範疇(categorie)による。

2      一部社会で非常に近い血脈関係の婚姻(上下オヤコ婚、水平兄弟姉妹の婚)を認める。その規則にしても「どんな結婚をも許す」などとは言えない。この風習を持つ特権階層は平民との混交を認めない。

Voici donc un phenomene qui presente simultanement le caractere distinctif -  des faits de nature et le caractere distinctif - theoriquement contradictoire du precedent – des faits de culture. La prohibition de l’nceste possede a la fois l’universalite des tendances et des instincts, et le caractere coercitif des lois et des institutions. D’ou vient-elle donc?>12頁)

 (上記1,2の趣旨を受けて)ここに至って一つの状況が浮かび上がる。それは自然由来の実態を明確に現しながら、相矛盾する文化由来の実態をも内包している。近親婚の禁止は汎人類性、本能に根ざすところのものであると同時に法、体制に従属している性格をも持つ。それは一体どこに起源を持つのか。

「近親….」が自然(本能)に発するうえ、文化にも由来するとなる。この側面はそれぞれの婚姻制度(とくに婚姻してはならない範疇)を調べれば事足りる。では自然由来を証明するには?それが「汎人類的」だとしても、そうした現象から演繹している。真の「起因」をつかみ帰納法で論じなければ、確固とした証明にはならない。「禁止の(自然からの)起因」を証明するかは、次章「Le probleme del’inceste近親婚の問題」に譲る。

もう一つの話題、

On verra plus loin que les anciens textes japonais decrivent l’inceste comme une union avec la soeur cadette,>12頁)

日本の古い史書に近親婚とは「兄と妹」の結合であると記載している。これを後(次章)で取り上げる。

古い史書とは古事記、「兄妹」の近親婚は「衣通姫そとおりひめ、木梨軽皇子」の物語を指す。軽皇子は妹と密通したため皇位を継承できず流刑される。レヴィストロースがなぜこの物語に注目したかは「兄妹」婚(たわけ)であるから。おおよそ世界王族(古代エジプト、サモア、インカら)にあり水平婚(兄弟と姉妹のたわけ)は大目にみられていた。それは「姉と弟」に限られ、「兄妹」は禁忌として遠ざけられているとしている。それを文書として古事記が残していた。次章(近親婚の問題)で詳述する。

Les Structures Elementaires de la Parente親族の基本構造」2 

第一章自然と文化Nature et culture の了

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