ボリジニ(オーストラリア先住民)には動物のみならず自然物も信仰の対象。写真(ネットから)はエアーロック。
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2021年3月15日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに  
親族の基本構造7 社会学からの説明 下  
 

(本投稿はGooBlog202131~8日に投稿(4回)した訂正加筆版です、日付とノンブルはブログのまま残してあります。)

近親婚の禁止(以下禁止)を社会の仕組みと結びつけて説明する最初の取り組みがLubbock。それは進化論の影響下にあり、原始状態から人の文化を探る試みだった。自然とは(当時報告され始めたアフリカの)類人猿など番いの状況と見比べ、集団的乱婚とした。乱交集団と「禁止」の両立はあり得ない。単一方向性とは原始カオスから私有財産、族外婚、個人の確立そして文明状態の「禁止」に進化する過程である(以上は部族民蕃神の解釈)。

レヴィストロースは前の部「自然から文化」で文化への移行の前提に「禁止」を置いた。Lubbock社会進化論は文化段階に入って「禁止」が生まれたとする。批判するにあたってまず「禁止」が先にあって後に文化が生まれたとすると、自説を誘導するための論陣となり、「口うるさい」外野からの批判は必定である。そこで、

Toutes ces conceptions peuvent etre ecartees pour une raison tres simple : si elles ne veulent etablir aucune connection entre exogamie et la prohibition de l’inceste, elles sont etrangere a notre etude ; si , au contraire, elles offrent des solutions applicables, non seulement aux regles d’exogamie mais a cette forme particuriere d’exogamie que constitue la prohibition de l’inceste , elles sont intierement irrecevables.(23)

これらの論調についてある一点からの検証が必要である。もし族外婚と「禁止」との関連に言及しないのであれば、我々の研究(親族の基本構造のこと)とは関係が薄い。その反対で族外婚のみならず略奪婚が「禁止」を導入する前段階であるとすれば、(その論調は)受け入れられない。

社会進化の重要点である族外婚から「禁止」への転換力学が明瞭でない点を指摘したと見る。

Car elles pretendraient une loi generale - la prohibition de l’inceste - de tel ou tel phenomene special , de caractere souvent anecdotique, propre sans doute a certaines societes , mais dont il n’est pas possible d’universaliser l’occurrence. Ce vice methodologique  leur sont communs avec la theorie de Durkheim…()

その説(略奪婚から禁止)は一つの一般化されている法則「禁止」を説明するに、挿話的で特定社会での個別事象をもって当てている。その進め方ではこの「禁止」の発生を論ずることは出来ない。(個別をもって一般に敷衍する)論理の陥穽はDurkheimにしても踏み迷っている。

返す刀でDurkheimに論難を向けた。フランス社会学泰斗のDurkheimはどのような見地から「禁止」を説明しどこに不整合が発覚されてしまったのか。

L’hypothese avance par Durkheim dans l’important travail qui…23頁後略)その重要な著作でデュルケイムは近親婚に関して仮説(hypothese)を広げているが、それには3重の性格(triple caractere)が認められる。

D’abord elle se fond sur l’universation de faits observes dans un groupe de societies limite; ensuite , elle fait de la prohibition de l’inceste une consequence lointaine des regle exogamie. Ces dernieres , enfin, sont interpretees en fonction de phenomenes d’un autre ordre. (同)

まずいくつかの(連合している)社会の中での1グループでの観察報告をして一般化(univer

sation)を試みている点、次に「...禁止」は遠い過去の族外婚の 遺構であるとしている点。3点目にこれら2点を別の制度で観測される事象をもって説明している事である。

説や主張の正誤は問わず、説明するところの論理の道筋への批判である。前述したがサルトルへの批判(歴史と弁証法、野生の思考だ9章)で用いた手法であり、レヴィストロース一流の展開である。彼は哲学者なので論理の手順に厳しい、当然であろう。

親族の基本構造12社会学からの説明(2)の了

親族の基本構造13社会学からの説明(3)

202135日)Durkheimはオーストラリア原住民(アボリジニ)の社会をして、原始時代の形態を残すもの、ひいては人類共通の祖型社会であるとした。彼らは特定の動物を先祖、守護神と仰ぐ「トーテム信仰」をいまも抱き、トーテムそのものが部族の独自性(identite)を保証する。その独自とは具体的で目に見える物質「血」と結びつき、社会の起源とその立ち位置を魔術生物的(magico-biologie)に説明して、部族のよりどころとしている(24頁)。トーテムが族民統合の象徴であれば「血」はその機能、表彰とも言える。よって「血」は族民に不可触、怖れとなる。

Cette crainte du sang clanique est particulierement intense dans le cas du sang menstrual, et elle explique pour quoi, dans la pluspart des societies primitives, les femmes sont , d’abord a l’occasion de leurs regles, puis d’une facon plus generale, objet de croyanaces magiques et frappees d’interdit speciaux.(24)

部族民が怖れる「血」は女性の月経に及ぶ。多くの未開社会において女性が、月経時には特に怖れが伴い、平時においても魔術信心の対象となる特例的禁止の対象であることを、この怖れが説明している。

この引用の後の文でDurkheimは団結としての「血」が怖れに変わり、女性の不可触化に至る慣習につながった過程を記している。<La prohibition touchant les femmes et leur segregation, telle qu’elle s’exprime dans la regle d’exogamie, ne seraient donc que la repercussion lointaine de croyanaces religeuses …. 月経はrepercussion lointaine de croyances religeuses古い信仰の遺構であり、同族の女性と性関係を持つは禁忌となった。

un homme ne peut contracter marriage au sein de son propre clan, c’est que , en agissant autrement, il etrerait en contact ou risquerait d’entrer en contact , avec ce sang qui est le signe visible et l’expression substantielle de sa parente avec son totem.()

男は同族(clan支族)の女と婚姻関係を結んではならない。 この戒めと別の行動を取ると彼は同じトーテムの親族である女が持つ、目に見える具体的な表象の「血」との接触を犯すこととなる。続いて、

Ainsi donc , en suivant une marche analytique , nous voyons que pour Durkheim , la prohibition de l’inceste est un residu de l’exogamie; que ces interdits trouvent leur origine dans la crainte du sang menstrual.> Durkheimの分析手順を見ると「の禁止」は族外婚の遺構であり、その元を訪ねれば月経血への怖れであり

禁忌(禁止)戒めを遵守し「la croyance en la consubstantialite de l’individu , member d’un clan , avec son totem()「同一体consubstantialite」を確信できるのである。

ここで族外婚が「近親婚の禁止」と重なる。先住民とされる民族以外は(今となって)族外婚の規定、慣習をもたないが、「血」なる具体的存在が表象として「親族」をまとめる思想は生き残っている。「禁止」のみが継承されてきた。

支族を「血」が団結させる、magico-religeuese(魔術的)信心が根底にあった。トーテム成員がそれ「血」を分かちあう。すなわち肉親となる。トーテム集団の内では「血」を汚すから結婚できないとの論理である。レヴィストロースはこれに何というか:

(以下の節は前に引用、再掲)<La force de cette interpretation provient de son aptitude a organiser, dans un seul et meme systeme, des phenomenes tres differents les uns des autres et dont chacun , pris a part , semble difficilement intelligible>(24)

意訳:まず結論ありきの無理技で説明している。関連のない事柄をつなぎ合わせて、論理手順からして無理筋となっているが、力業で辻褄あわせを試みているだけである。

関連の無い事象とはトーテム信仰とは祖先動物があって「血」の概念と結びつき、一方が思想、別が表象として働いているコト。同一トーテム内で婚姻するとは「血」の不可触を犯すなどの信心である。Durkheimが論理を進める基礎素材の正当性を否定している。

Prenons la coyance en la substantialite totemique : nous savons qu’elle ne fait pas obstacle a la consommation du totem, mais seulement a celle-ci un caractere ceremonial .Or le marriage, l’acte sexuel lui-meme, presentent nullement compatible avec l’operation suppose de communion totemique En second lieu l’horreur du sang menstrual n’est pas un phenemene universel.(25)

トーテム信仰とその実際性を取り上げると、トーテムを(儀式などに)持ち込む行為には、祭礼の性格を帯びる限り何ら問題がない。一方、婚姻とはそれ自体、男女間の行為に帰結するし、そこにトーテム集団の怖れる幻想は関わりなどもてない。さらに言えば、月経血への怖れにしても汎人類性などない。

 

「婚姻が男女間の」の意味合いとは、交合によって「血」が犯されるとする推測に対して結婚とは制度であり、「血」の穢れなるmagico-religeuse(魔術信仰)とは無関係である。先に近親婚は遺伝劣化を生み出すから禁止したなる解釈を否定した同じ歩調で、不可触なる血を汚すから禁止はあり得ないとしている。

レヴィストロースによれば婚姻とは制度であり、制度とは「女交換」の原理である。続く

親族の基本構造13社会学からの説明(3) の了

親族の基本構造14社会学からの説明(4) 

202138日)レヴィストロース著「親族の基本構造、初版1947年」の導入章Introductionその2部(自然から文化へde la nature a la culture)と(近親婚の問題probleme de l’inceste)を13回に渡り投稿してきました。本投稿でIntroductionは終了します。

2部では「近親婚の禁止=以下禁止」を説明する3の学説を紹介した。

レヴィストロースが強く指摘するのは「安易」な一般化である。Universaliteとする事例に対して論の組み立て、展開の仕方、事例、事象への評価に甘さ、行き違えがないかへの疑義にたいして彼自身から検証である。汎人類的である「近親婚」起源の説明にそれぞれが持ち込んだuniversaliteを吟味すると;

1 生物学的理由。

近親婚の結果は次世代に遺伝劣化を引き起こす。これを汎人類的現象であるとして禁止の理由に当てた。しかし民族誌で観察されている「怪物伝説」は必ずしも近親婚の結果ではない。怪物などを引き出す理由は「戒め」である。

2       続いて心理学的説明。代表にフロイトらが主唱した「オイデプスコンプレックス=男は常に父を殺し母と番いたがる」が有る故の禁止であると。

この説ではuniversaliteを「深層心理」とすることになる。しかしもう一方(近親でない)アキコチャンにはlaisser faireを認めるが、その説明はない。母にもアキコチャンにも異性への憧憬が認められるのならば、universaliteとは近親非近親を超えた異性愛となる。

個別の事象(オイデプスコンプレックスと名付けられた深層心理なるもの)をして一般性を持つ原理「近親婚」とした。この食い違いをして「petition de principe論法の誤りすり替え」とレヴィストロースは切り捨てた。

3 社会学的説明でのuniversaliteは「過去の習俗」となる。

3-1 かつて人間社会は族外婚の集団。族外婚は近親婚を禁止していたから、隣族の女を略奪して妻を得ていた。(Hublocckなど)3-2 トーテム集団の信仰が族内(近親)婚を血を汚すと怖れ、近親婚に結びついたとしている。

レヴィストロースは略奪婚、血の汚れは観察されることはあるが、あくまでも固有例であって、それを原理として人類全般に適用きないと否定した。ゆえに汎人類現象である「近親婚」への説明には使えないとした。

そもそもレヴィストロースは「近親婚」が社会規則全ての始めにあり、それを実践するために制度をもたらしたとするから、物事の起承を逆に捉えている。

親族の基本構造14社会学からの説明(4)最終  の了

 

親族の基本構造7 社会学からの説明 下 了(202138日)

 

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