K氏が愛して止まない「ヤッコ」
チャビ公は部族民犬の称号を持つ 写真クリックで頁に
 部族民通信ホームページ   開設元年6月10日 投稿2020年6月30日
 
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   ちはやふる♪豆腐移動販売は詐欺の確信 
  読み物 読み切り 2020年7月15日
 
   

4月の半ば、日本にては新型コロナの国民的蔓延、パンデミックが危ぶまれていた日々、ある庶民の失敗譚である。

 

「ゴメンよ」と同時に「ワンワワーン」。

K氏がチャビ公を連れ、散歩途中、陋屋(借り家なので持ち主には失礼だが)に立ち寄った。半年ぶりはコロナ蟄居のため。マスク越しに「豆腐移動販売の詐欺」を告発してくれた。以下はKから聞いた詐欺の手口を綴った。

(K氏は2019年投稿の「カツ丼の自由はアリサの勝手でしょ」に登場している続きを読むクリック)

 

晩酌のサカナには豆腐、Kはことさらこれを好む。

冬は湯にくぐらせた「湯豆腐」でぬる燗に温まり、春先からは「ヤッコ」に決めてコップのヒヤをぐいと呑む。丁寧に角取りされた純白のサイコロが2振り盛られる小皿を見るだけで、ちびりちびりの舐め呑み、グイの喉越しの始めには生醤油を垂らして一舐め二囓りをたしなむ。これが日課、Kの言い分では夕べから夜のとば口、通過の儀礼である。ならば、一日を終え独酌に勤しむ己の存在理由が湯豆腐なりヤッコなりに安堵されたのだ。

肌の白さに慰めすら覚えてしまう。

 

ヒヤにヤッコをはむこの習慣は、毎夕には持てない。

豆腐の移動販売車の「毎度お騒がせ….」でKの住む一角を訪れるのは木曜の夕刻。その夕にはしかと卓に乗るし、金曜にもおいしく頂ける。しかし土曜を越すと味は僅かにも落ちる。その僅かが持ち前の甘さとなめらかさを消す。すると豆腐はみそ汁行きの哀れ。さらに日がたつと煎り豆腐となる。

これらはこれで美味しいけれど。

 

Kをして木曜夕べを待ち遠しくさしめる豆腐販売車はどこから来るか。

 

七生丘陵とは地理院の5万分の1地図にも載らないから、地元土着者の呼称だろう。その丘を一つ越すと高幡、そこは私鉄の特急停車駅を抱え、名刹不動尊の伽藍の立ち並びと裏山紅葉など観光名所と評判が高い。山門から少し外れる横、店先は常に客でにぎわう豆腐屋とそのマスコット常滑狸が見物者の目を引く。

 

「豆腐の尾張屋」である。

 

不動尊御用達を標榜するからには味に自信があるのだろう。移動販売すれば商圏が広まる。売り上げも伸びる。店主の作戦は大当たり。上がりと儲けは外部に不明ながら、丘陵の居住民に「トウフ~」が待ち望まれるまでに定着した。

 

その日、販売車は早々と豆腐、あぶらげ、生揚げなど積み込んで定刻14時のかなりの前に出発した。

 

この時期、人々は家庭内に逼塞していた。ニュースが「食生活の動向に変化」があったと報道した。外食が減って家庭内で手作り料理が増えたらしい。それなら豆腐は売れるはずと親方は一瞬喜んだが、すぐに楽観と思い直し、仕込みを制した。なぜなら、感染に震える主婦が「生もの豆腐を敬遠し、トンカツに走る」との見解が多方面で吹聴されたとも聞いたからだ。コロナに豆腐は細菌を寒天で培養すると同じ。見えないけれどウイルスが、豆腐表面に巣くっている筈だとのうがった見方である。

トンカツなら油で揚げる。ということは病原コロナをカラ揚げで全滅させてしまう。食うことで感染防止どころかウイルス消却に貢献できる。ならばやっぱりみんながトンカツに走る。こんな推理をこのころは、仕込み準備の度に、あちこちの店主が推理を巡らせていたのだ。

 

尾張屋の移動販売員主任は富雄くん。本日の出発の前、その頭には楽観と悲観が、すなわち豆腐とトンカツがぶつかるかに駆けめぐった。両論の接点として「幾分の多め」に豆腐あぶらげを仕込んだ。

 

「幾分の多め」は大失敗だった。

 

高幡店を出て南山1丁目に入る。街道から脇にはいると道幅も狭いくねくね曲がった通りが続く。「ここいらは人口はそれほど多くはない」それは富雄くんの勘違い、理由は住民多くがマンション住まい、若い夫婦が多い。昼間に豆腐を買わない人達だ。今日は違った、共働きではなく共引きこもり夫婦だらけだ。「トウフ~」の拡声器案内が始まったら続々と人が集まりだした。これまで見たこともない奥さん、それに旦那さん。

 

豆腐一丁では終わらない、あぶらげ生揚げがんもどきを買い求める。1丁目が過ぎて2丁目では公園脇に止めて「トウフ~」とやったらとたん「待ってました」。若い勤め人、婦人風の行列。幼い子の手を引くご夫人も多数。

移動販売業界では売れ残りは失敗と評価が低い。しかし売れすぎて道の半ばで在庫を切らす無様はより怖い。後続する地域、お客さんに欠礼をはたらく。これは「討ち死に」と揶揄される。翌週に立ち寄っても客数はたちどころに減る。

 

富雄くんは作戦を練った。豆腐あぶらげの見せかけ数を減らし、「お一人様1丁」を演出した。見せかけ技術は年季のなせるワザだけれど、それをしのぐほどに客の数が多かった。最終地の丘陵住宅地に向かう前に豆腐、あぶらげ全てが売り切れた。親方に電話入れた。

 

「こっちから電話しようとしていたのだ、お前の軽トラ棚に残っていたら、引き返してもらおうと」店にも品物は無くなったとの言い分だ。トンカツや天ぷらに狂った兆候は人々に見られなかった。

「売るモノが何もない、丘陵地には行けない」

「バッカやろー、行かないと売れない」

「行っても売るモノがない」「カラ荷軽トラの前でカンカンノーを踊って笑いをとるのだ、それが商売」

行け、行けない。掛け合いの間に店主がフト思いついた。

「桶カラが残っている、それでコロとドーを作るから、売るのだ」

 

桶カラとは「ご自由にお取り下さい」と無料に給するオカラである。コロはオカラコロッケ、ドーとはオカラドーナツ。どれも丸めて揚げるだけだからすぐにできる。待つことしばし本店から緊急補充の輜重軽トラがやってきた。銃弾となるオカラコロッケ満載、討ち死には防げる。期待した富雄くんはその数を見てすっかり気落ちした。コロ10枚、ドーは13輪、それにオカラが僅かばかり。これだけで食欲旺盛な敵、イヤ違う、お客さんと交戦するのだ。

 

「電話の後、見たこともない3人連れの奥さんがやってきたんだ。豆腐もあぶらげもないっていうと、オカラがあるじゃない。タダって書いてあるわと気付いて3人揃ってごっそりもってたんだ。豆腐買わずにオカラだけは歓迎しないのだが」

「いつもなら手間がかからないって喜ぶんですけど」

「そのうちの一人、中年の眼鏡が店の出際に、あんたんとこ豆腐屋やめてオカラ屋にしたら、嫌み言うのだ。客商売だからワッハッハと堪えたが」

「カラ屋に徹する、今夕は、それでしか生きるツテがない」富雄くんだってこの先の道程の苦しさをぐっと抑えた。

 

虎の子のコロドーを載せて販売車は丘陵を走る。坂道は登り、そのハナで止まって「トウフ~」。豆腐がないからコロドーが売れまくった。残りはコロ3ドーが2の目玉になった。さあ、最後の丘陵中腹だ。イヤな予感を富雄くんは覚えた。「ト~」も終わらないうち、最初はやはりK、飛び出して転がるかの如く走り寄ってきた。言われたら言い返せばいいや、富雄くんは腹をくくった。

 

「遅かったな、でも来てくれるだけで許す。ホイ、豆腐だ、この陽気なら絹ごしだね。ヒッヤとしたヤツでいい、一丁くれ」

春先、湿気のないさわやかな一日だった。コロナを忘れてしまえばさらに良かった。

「すみません旦那、売り切れちゃったんで、良かった陽気のセイだね」

仕込みに誤算、トンカツ誤りには最後までシラを切ると決めた。

「そんなら木綿ごしで妥協する、オレって柔軟性があるのだ」

「気付かなかったなァ。さっきまであったんですがね、木綿最後の1丁がこのすぐの下で売れちまった。残念だったなァ、私も」

すぐの下はしらばっくれ。「トオフ~」と拡声器で案内したからの豆腐屋はったりにもつながる。

 

「豆腐を持たないのか、なればアブラゲだ。ふっくらしたのを直火でパチパチ~ン、ちょいと炙ぶってショウガオロシをパラリと降らして醤油を垂らしてな、さらに追求すると山椒だ、掌においたら恥ずかしがるほどの若葉をハッシと叩いてフワッとのっける。粋なサカナだよ。おいらみたいな粋人にピッタシ合うね」

「粋人ですかい、そっちも知らなかった。

旦那さん、今日はゴソッとアブラゲを仕込んだんです。しかしこのところ大量に買う人が増えましたね、特に川原の辺り、そこいらでウナギ登りの評判が豆腐の尾張屋。アブラアゲ取り合戦で、ご老人、あなたは先駆けを取られてしまった」

「生揚げ」

「そいつが今日はバカ売れ、寄るとさわると皆みんな、ナマアゲ~って大騒ぎになっちまって」
「ガンモ」

「知ってますかい、ウチのガンモには他店には絶対にないネタが入ってるんです、なんとお不動ギンナン、こいつがよその店との味の違いを絶妙に演出する」

「そいつだ、3枚くれ」

「あなたは粋人かも知れないが聞き分けがないお方だね。不動ギンナンなる営業秘密までバラした訳とは

「訳とは一体」

「売り切れって言ってるんです。店を出たとたん、郵便局の裏あたりで完売ですわ。あっちにもガンモ喰らいの粋なお方が多いって噂です」

「ウウムゥ

豆腐屋の品揃えをすっかり言ったからには、もはや言葉がでない。故に一旦、息を止めて富雄主任を見つめてKは、

「豆腐もアゲも何もない、それじゃ尾張屋よ、何を持ってきてるのだ」

問いつめ口調にはKの絶望が滲む。

 

「旦那さんにぴったりの逸品、豆腐界で注目の的、尾張屋シニセのチョー傑作」

「いいからそれを出せ」

「これですわ」ガラスの蓋を開けた。豆腐とは全く違った焦げ茶の揚げ物がそこにあった。

「なんだいこれは」

「コロとドー」

 

コロとはオカラコロッケ、ドーがオカラドーナツと説明をKが受けた。しかしコロドーはこの場では全くもって理不尽だ。

「豆腐屋がトーフもアブラゲも用意せず、タダのオカラを売るとは、詐欺だー」

 

おカンムリの極みだが、何かを買わなければ食い物がない。気を取り戻し確かめ口調の言い振りは、

「コロはカラコロだと、それはカラ国のコロナ、カラコロナでは無いのだな、オカラを高温の油で揚げて内に含まれているコロナを絶滅させたのだな。カラコロナにあらず、オカラコロッケであれば所望いたすぞ」

 

残った3枚から2枚が買えた。ドーはツマミに向かないから買わずオカラを一勺貰った。

Kは奥さんと2コロッケと一皿オカラを分け合う晩餐となったとさ。

 

♪千早ふる神代も聞かず龍田川カラくれないに水くくるとは♪(在原業平、古今集)

 

正統な解釈は岩波古典全集とかネットとかで調べてください。部族民蕃神の心に残る異端、しかしとっても斬新な解釈は、

 

龍田川は関取、このところ負けが込み苦しい。チハヤ(常磐津師匠)に振られた、カミヨ(割烹仲居)に言い寄ったが聞いてくれない。食うに困って豆腐屋に飛び込んで、カラをくれと乞う。主人は「豆腐を買う人にはタダで分ける、お前は豆腐を買わないからやれない」カラくれない空腹から水に飛び込んだ。

昔からカラはタダだった。しかしこのタダを規制するとは豆腐を求めた客のみにタダ。この近代的経済原則が古今集の昔、平安時代からあったと業平が教えている。

 

小さん師匠(先代)の十八番だった。 了

 


 
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