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同類型の神話を一例 M225 蜂蜜狂いの娘 Kraho族(102頁)
夫婦で蜂蜜採取に出た。蜂の巣の見つかった木もようやく倒れかけた。すると妻は夫の制止も聞かず蜂の巣に身を投じて独り占めせんとした。
« Rendu furieux il
tue la gloutonne, dépecé son cadavre dont il fait rôtir les morceaux sur des
pierres chaudes » 夫は怒りその大食らい女を殺し、肉片に分け熱した石で焼いた。
その後の展開、
夫は妻の親族を呼び集め、アリクイ肉と騙し喰わせた。しかし
« Survient le frère
de la victime qui goute la viande et connait aussitôt son origine » 犠牲者の兄(弟)は一口食しすぐに思い当たった、その肉が誰の肉かを。
(小筆の注:兄が肉の塊を味わいそのすぐさま由来を知った、両親にしても他の親族も気づかなかった。これは兄と妹(主人公の妻)とに比喩の意味で「食べる、食べられる」関係がすでにあった。妹肉をすでに味見をしていたと示唆している。ここにも婚姻制度の否定、反文化が隠れる)
レヴィストロースは続く幾行かで、蜜狂い神話とバク(Tapir)誘惑神話を結びつける。
バクの誘惑は本文に引用されないから要約すると「女はバクに誘惑され身体を許した。夫がかぎつけバクを殺し、肉を妻に食わせた」。この筋立てを主題にする神話群が確認されている。本稿では引用は省く。
女がはしたなく蜜を食べる神話群を1とし、女とバクが密通する群を2とする。
これら2の神話群を結ぶ鍵は「食べる行為での規則破り」であるとしている。
1は食べるにあたり「規則破りの食べ方」が発端となり、2は「食べること自体」が規則破りであるとしている。これら2種の「食べるにまつわる」禁忌を巡って2のシーンを比較すると意味と主客が転換していると説明する(102~103頁)。
« La coupable ne peut pas être condamnée à
manger son séducteur métaphorique : ce serait la combler, puisque c’est
tout ce qu’elle souhaite ; et elle ne peut évidemment pas copuler avec un
aliment. Il faut donc que la transformation : séducteur propre =séducteur
métaphorique, entraine deux autres : femme=>parents,
et : femme mangeant =femme mangée »
訳:女犯罪者は隠喩の誘惑者を食べるようには仕向けられない。それが彼女の望みであるから。そうなったら満足するところなのだが。更に彼女は食物とは性交できない。それ故ここでの変遷とは本来の誘惑者が隠喩誘惑者に転換し、2の他者を、妻と(その)親族、引き込む。そして食べる妻が食べられる妻に転換する。
主客転倒とは;1 誘惑者が本来から隠喩に 2食べるから食べられるーとなる。
部族民蕃神としてこのあたりを以下に解釈する;
1
誘惑者バクは人(キツネを裏切り人物とする仕掛けと同じ隠喩)
2
女は誘惑者を隠喩として食べている(密通している)
3
夫はバクおびき出し殺戮し身体を妻に食させる(本来の食べる)
4
蜂蜜狂いの女の筋では、蜂蜜は隠喩としての誘惑者
5
夫は妻を殺害して親族に食させる(本来の食べる)
6
バク神話では誘惑者は女に本来的に食べられる、蜂蜜神話では隠喩誘惑者は女に食べられず、女が食べられてしまう。
本来の誘惑と隠喩の誘惑が設定される。女を起点に転換を探れば本来意味の誘惑者にそそのかされ、隠喩として食べる。いっぽうで隠喩の誘惑者を本来意味で食べる。
食べる女から食べられる女に返信する。本来と隠喩が転換しながら、筋道が進むのであるが、ではなぜレヴィストロースはこの2神話群を一つの括りにするのだろうか。
2の神話群に際立つのは女の奔放さである。蜂蜜狂い女の性格(propriétés)は食に貪欲、バク神話では性に淫乱。この性格付けは反文化。すると蜂蜜狂い、誘惑者バクともに同じ神話として並べ読むことで、キツツキ夫の残虐行為(蜂蜜に先に手を出した妻を斧で殺戮し、アリクイ肉と偽り親族に振る舞う)に、文化の維持努力かと納得する。
レヴィストロースは
« Nous commençons à
comprendre , pourquoi le héros de M142 a tué sa femme au cours de l’expédition
pour la collecte du miel » 蜂蜜採取という日常的な行為の中でなぜ夫は妻を殺害したのか。この質問を投げかけた。
この質問の後にバクの誘惑神話を紹介し、蜂蜜狂いとの間に行為の「転換」構造が浮かび上がると指摘した。両者を対として理解すべきなので、その転換構造を上記1~6において説明した(つもりです)。
貪欲淫乱妻を殺害した夫は妻親族の手によって白蟻塚、あるいは灰(cendres)に変えられてしまった。 « les
parents de l’épouse séduite par le miel se vengent en le transformant malgré
lui en termitières ou en cendres » (103頁)
蜜から灰へを読む2 蜂蜜狂いの娘 了 (2023年9月30日)
(本ページに掲載されている写真、挿絵はレヴィストロース作品から拝借)
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