部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
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レヴィストロース

神話学第2  « Du miel aux cendres » 蜜から灰へを読む2 蜂蜜狂いの娘

 
   

 Histoire de la folle de miel, 蜂蜜狂いの娘

M211 Renard malade病に伏せるキツネ Toba族 87

(原文引用無し)村人総出で蜂蜜採りに出てまあまあの収穫だった。キツネも一員に加わって、一応は頑張った、そんな格好だけは見せていた。家に戻って「蜜狩りの最中に毒蜘蛛に刺され」と言い張り、寝込んでしまった。妻は治療師を4人も呼んだが治癒に向かわなかった。

 « À cette époque, Renard avait forme humaine. Comme il convoitait sa belle-sœur qui était plus jolie que sa femme, il exigea et obtint qu’elle lui servît d’infirmière. Il comptait sur le tête-à-tête pour la séduire » キツネはこの時期、人の姿を持っていた。そもそも彼は義理の妹に懸想していたから、この機会を逃さず彼女の看病を求め、顔と顔の(tête-à-tête頭と頭の突き合わせ)で口説く場を設けようと画策した。しかし義妹にはねのけられ、姉(キツネ妻)に言いつけられ放逐された。

神話の最終行は « Une conduite si peu en rapport avec le mal dont il se prétendit atteint finit par éveiller les soupçons, et Renard fut démasqué » 病気の素振りもないのにそうだと言い張る、こんな小賢しい行動で根性がばれて、キツネは化けの皮が剥がされた。

キツネは南米神話にちょくちょく登場する。性状(propriété)は固定しており、必ず否定的に描写される。レヴィストロースはdécepteur騙し裏切り屋と形容する、その上好色。彼の仕掛けは稚拙でいずれ見抜かれる喜劇的悪漢を担っている。

この神話を前段に置いたのは、続く蜜狂い娘神話で、「悪役」として登場するキツネの舞台回しを示したため。

M212 蜂蜜狂いの娘la fille folle de miel Toba族 87

Sakheは水の精の娘、蜂蜜をこよなく愛し、親にもっともっとと要求していた。母は「それほど蜜が好きなら結婚しなさい」。キツツキの嫁になったら蜂蜜をもっと食べられると娘は知った。キツツキ探しに旅にでる。道すがらキツネに出会う。キツネはとっさにキツツキに変身する。しかし喉元の赤さまでは真似できず欺けなかった。その上背負い籠に入るのは、蜜には見えない間に合わせがドロとバレた。変身キツネを袖にして婿さがしの旅を娘は続ける。ようやくキツツキに出会い結婚を申し出る。

やりとりは;

 « Pic manifeste peu d’enthousiasme, discute, se déclare certain que les parents de la jeune fille ne voudront pas l’agréer » キツツキは申し出に少しものぼせ上がらなかった。いろいろ述べて君の両親は私との婚姻に賛成しない、これは確かとも伝えた。

そんなやりとりの後、キツツキは樹上から下り娘に近寄る。肩にする袋に蜜が充満していた。娘うっとり、何とか言いくるめ結婚にこぎ着けた。

ある日のこと、

キツツキは村人皆と蜜採取に森にでた。妻は一人、キャンプに残される。

キツネも皆と共に蜜狩りに出たのだが、足にオデキができて木に登れないと訴え村に戻った。オデキは偽り、キツネおなじみ策略、  « à peine arrivé, il tenta de violer la femme. Mais celle-ci, qui est enceinte, s’enfuit dans la brousse. Renard fit semblant de dormir » 村に戻るやいなや、キツネがキツツキ妻を手込めにせんと迫る。妊娠中であったにもかかわらず森に彼女は逃げ込んだ。

キツツキは戻り、妻の姿が見えない。タヌキ寝入りを決め込んだキツネに尋ねると、母親が呼びに来たなどいい加減な返事。あちらこちら森を探すなどを経て、ようやく(幾年かの経過を経て)家族3人の再開が実現する。きっかけは逃走中に生まれた息子が父の放った矢を見つけ、これぞ我が父の印と気づいたから(Toba族では狩猟具は父から息子に継承される 。母の流浪に生まれたがキツツキの息子との証明を暗示する)。村に戻り、キツネを糾弾する場面。キツネの言い訳まくり立てにキツツキ(族長でもある)が決断を下せない、キツネ無罪となるやの審判に、息子が出てきて、キツネ首をナイフで抉り一件落着となった。

このM212を「蜂蜜狂い.」の基準神話として章の筆頭に置いた。理由は登場人物(protagonistes)とまつわる性状(propriétés)に幾つかの神話をまとめる標準が見られるからである。それらは;











 

新大陸神話でキツネ
が出てきたら何かが
起こるぞと眉唾して
次を聞く(らしい)
 

ちびっこ民族学者に
観察されるレヴィス
トロース 
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1 ヒロイン、娘、蜂蜜に目がない=>人倫の欠格(特定食物に拘泥する)。娘は自然に近い。これに類形する欲望が行動につながる。この連続が(欲望の一気呵成)、反文化に属する。別神話ではこの行動が禍をなし配偶者に殺される。

2 キツツキは夫=>仕事(蜂蜜採取)に精を出す。妻側姻族への債務(prestation)の蜂を取りまとめては提供する律儀者として描写される。しかし気が弱い、キツネのウソに言いまくられる。しきたりを尊重する文化側。

3 息子の出番は2カ所。飛んできた矢の文様から父が矢を放ったと知り、親子対面が叶う。キツネの偽りを認めず殺す。

母の逃避で生まれたが息子として父キツツキの正統性を受け継いだ。矢の目印を手にして、射手が父と特定した。父よりも勇猛。彼は文化。

4 キツツキの性状の反文化性は既述した。

 

民族学誌に見られる族民の慣習 ;

1      蜂蜜の採取。村落の男、総出で取りかかる。蜜を水で割り革袋にいれ男屋の梁につるし、祭儀に合わせ醸造させる。村落団結と他部族との同盟の道具。儀礼の場以外では呑んではならない。蜜は社会一象徴。(集団採取、儀礼に不可欠)。キツネは言い訳を弄し参加から離脱する。その上成果を独り占めしようと策を弄す。

個人で採って個人消費、婿責務としても用いる蜜もある。集団と個人の採取はミツバチの種によって区別がなされるとの記述がある。

2      キツツキの献身、婿(女を貰う側)の典型。

家族3人で妻実家に立ち寄った際、(押しかけ女房だったから)妻を娶る前に果たさなかった義務を、かいがいしく供与した。義母から「何か欲しいモノあるかい」と問われ「かたじけないお声かけ、しかるに何も求めません。ビールにしてもそれがしで醸造します « A sa grande mère qui se prodigue en amabilités, Pic répond qu’il n’a besoin rien, qu’il ne veut pas de bière et qu’il sait prendre soin de lui-même »」と妻実家側が果たすべき債務をも押しとどめた。わきまえた婿殿と描写される。これらやりとりで先住民の同盟のあり方、行動と言葉の規範を知ることができる。彼らは奥ゆかしいのだ。 

この神話M212を本書の主題「文化の喪失」と重ねると;

蜂蜜を通して同盟allianceの確立、女を貰う側が贈る側に蜂蜜を贈る。また村落の全員で採取し、儀礼用に熟成させる。社会維持の道具です。キツネは非文化行動(集団に参加しない、蜜独り占めを狙う、他人嫁に手を出す)で文化喪失を画策したが、キツツキの父子が防いだ。文化(社会の規則と同盟の取り決め、義務)はかろうじて維持された。 

M213蜂蜜狂いの娘la fille folle de miel II Toba族、89

キツツキ妻は危うきを退け、森に逃避した。キツツキは戻ってきた。悪事を隠そうとキツネは妻に変装した。何かがおかしい、しかし事態をつかめない、まさかとっさの女装までキツツキは疑うに至らない。とりあえずシラミ取りを命じた(むだ毛の引き抜きも合わせて妻の義務)。
シラミをつかんでエイャで潰したキツネの爪がキツツキの皮膚を破った。イテテ、何しているのだ、いつもの手際良さがないぞ。疑い深めたキツツキはシロアリに
« Plein de soupçons, Pic prie une fourmi de mordre sa soi-disant femme à la jambe »「あなたの妻よ」と自称する女らしきの足を噛みついてくれと頼んだ。  « Renard pousse un hurlement peu féminin qui le fait reconnaitre » あげたキツネの悲鳴は少しも女らしくなく、男の地声で誰かが分かった。

 
   

他の神話(M216)ではキツツキ妻の沐浴中を襲ったら、衣服(隠しの布紐程度)を置いて逃げたからそれを着して妻と決め込んだキツネ。やはり疑う夫キツツキがシロアリに命じた噛みつき条件は「股の奥に何があるかを見てくれ」 « Si  tu vois une vulve, c’est bien, mais si tu vois un pénis, alors mords » それが膣だったら見逃せ、男根を見たら噛みつけ(91)。またも見破られ、もっとも痛い男の急所をアリに噛みつかれまた悲鳴。キツネはしこたま殴られたとさ。賢いキツツキと化けそこねたキツネの吉本喜劇風の失敗譚でした。

Toba族はパラグアイに居住する(していた)。比較的早く西欧文明に接した。神話の筋立ても「物語」風に洗練されている。粗野、残虐性は無い。そこでレヴィストロースはアマゾニア居住Apinaye族の神話を引き出す。筋立ての風合いが急に変わる。

M142(前巻「生と調理」に掲載の再掲、題名は殺人鳥、Apinaye100頁)

惨劇が起こる。その前段 ;

Akretiは兄と力を合わせ(文化破壊の)人食い鳥を殺した。英雄にして文化(人間界)の保護者の冒険が前段で語られる。彼は村に戻り一人の娘、Kapakweiの水浴び姿に見とれ妻とした。仲むつまじく暮らした、ある日、二人で蜂蜜狩りにでた。

 « Akreti(夫)creusa le tronc et dit à Kapakwei d’extraire les rayons. Mais elle enfonça son bras si avant qu’il fût coincé. Sous prétexte d’élargir l’ouverture avec sa hache, Akreti tua sa femme et la coupa en morceaux qu’il fit rôtir » 夫は狙いをつけた木の幹を抉り蜂の巣の在処にたどり着いた。妻に蜜フサを払えと命じた。しかし妻はその命を聞かず、腕を深く穴に差し入れてしまったから腕が奥に挟まってしまった。夫は妻を救うため開き口を広めるとの口実で斧を取った。妻を殺しバラバラにして焼いて食べた。

命令を無視した、ただ手を奥に(蜜の在処)伸ばしただけで愛妻を殺害した。

このラジカリズムをレヴィストロースは蜜(が持つ思想)との関連でしか説明できないとしている。  « le lien paraît tenu avec les mythes dont l’héroïne est une fille folle de miel , si ce n’est que le miel joue un certain rôle dans le déroulement du récit » (101)

蜜のみがこの流れにかかわるのだからとしている。蜜はタダの蜜ではなかった。

蜜の「思想」は1部族の結束 2(婚姻)同盟の確認としての機能。

本書には蜂の種によって水で希釈し蜜酒hydromelとなす蜜と、個別に採取し生食する蜜の区別があるとしている。1は族民の総出での採取、2は自家消費、婿賦用の採取と区別できる。夫との2人だけでの採取だから賦役用である。その蜜を「先に舐めたい、独り占めしたい」と妻が手を出した。己の欲望を先んじて夫の面目、婚姻同盟(女の貰い手の義務)を毀損した。妻は舐めたい~衝動ではあるが、それを真面目原理主義の夫は看過できない。

賦役に用立てる財物に手を出すは不届き千万、無分別にも当の妻がそれをなすとは。反文化にして容自然(欲望と行為の連続、直情)。この罪悪を遮断する(妻を殺す)とは、文化の創造かつ維持者を自負するAkretiとして必然の行為であった。

一言で述べれば「愛よりもしきたりが強い」。そうしないと文化なんて維持できない。妻殺してまでもの夫の涙、かろうじて文化は継続できた。

 
   

同類型の神話を一例 M225 蜂蜜狂いの娘 Kraho(102)

夫婦で蜂蜜採取に出た。蜂の巣の見つかった木もようやく倒れかけた。すると妻は夫の制止も聞かず蜂の巣に身を投じて独り占めせんとした。 « Rendu furieux il tue la gloutonne, dépecé son cadavre dont il fait rôtir les morceaux sur des pierres chaudes » 夫は怒りその大食らい女を殺し、肉片に分け熱した石で焼いた。

その後の展開、

夫は妻の親族を呼び集め、アリクイ肉と騙し喰わせた。しかし « Survient le frère de la victime qui goute la viande et connait aussitôt son origine » 犠牲者の兄(弟)は一口食しすぐに思い当たった、その肉が誰の肉かを。

(小筆の注:兄が肉の塊を味わいそのすぐさま由来を知った、両親にしても他の親族も気づかなかった。これは兄と妹(主人公の妻)とに比喩の意味で「食べる、食べられる」関係がすでにあった。妹肉をすでに味見をしていたと示唆している。ここにも婚姻制度の否定、反文化が隠れる)

レヴィストロースは続く幾行かで、蜜狂い神話とバク(Tapir)誘惑神話を結びつける。

バクの誘惑は本文に引用されないから要約すると「女はバクに誘惑され身体を許した。夫がかぎつけバクを殺し、肉を妻に食わせた」。この筋立てを主題にする神話群が確認されている。本稿では引用は省く。

女がはしたなく蜜を食べる神話群を1とし、女とバクが密通する群を2とする。

これら2の神話群を結ぶ鍵は「食べる行為での規則破り」であるとしている。

1は食べるにあたり「規則破りの食べ方」が発端となり、2は「食べること自体」が規則破りであるとしている。これら2種の「食べるにまつわる」禁忌を巡って2のシーンを比較すると意味と主客が転換していると説明する(102~103頁)。

 « La coupable ne peut pas être condamnée à manger son séducteur métaphorique : ce serait la combler, puisque c’est tout ce qu’elle souhaite ; et elle ne peut évidemment pas copuler avec un aliment. Il faut donc que la transformation : séducteur propre =séducteur métaphorique, entraine deux autres : femme=>parents, et : femme mangeant =femme mangée »

訳:女犯罪者は隠喩の誘惑者を食べるようには仕向けられない。それが彼女の望みであるから。そうなったら満足するところなのだが。更に彼女は食物とは性交できない。それ故ここでの変遷とは本来の誘惑者が隠喩誘惑者に転換し、2の他者を、妻と(その)親族、引き込む。そして食べる妻が食べられる妻に転換する。

主客転倒とは;1 誘惑者が本来から隠喩に 2食べるから食べられるーとなる。

部族民蕃神としてこのあたりを以下に解釈する;

1      誘惑者バクは人(キツネを裏切り人物とする仕掛けと同じ隠喩)

2      女は誘惑者を隠喩として食べている(密通している)

3      夫はバクおびき出し殺戮し身体を妻に食させる(本来の食べる)

4      蜂蜜狂いの女の筋では、蜂蜜は隠喩としての誘惑者

5      夫は妻を殺害して親族に食させる(本来の食べる)

6      バク神話では誘惑者は女に本来的に食べられる、蜂蜜神話では隠喩誘惑者は女に食べられず、女が食べられてしまう。 

本来の誘惑と隠喩の誘惑が設定される。女を起点に転換を探れば本来意味の誘惑者にそそのかされ、隠喩として食べる。いっぽうで隠喩の誘惑者を本来意味で食べる。

食べる女から食べられる女に返信する。本来と隠喩が転換しながら、筋道が進むのであるが、ではなぜレヴィストロースはこの2神話群を一つの括りにするのだろうか。

 

2の神話群に際立つのは女の奔放さである。蜂蜜狂い女の性格(propriétés)は食に貪欲、バク神話では性に淫乱。この性格付けは反文化。すると蜂蜜狂い、誘惑者バクともに同じ神話として並べ読むことで、キツツキ夫の残虐行為(蜂蜜に先に手を出した妻を斧で殺戮し、アリクイ肉と偽り親族に振る舞う)に、文化の維持努力かと納得する。

レヴィストロースは « Nous commençons à comprendre , pourquoi le héros de M142 a tué sa femme au cours de l’expédition pour la collecte du miel » 蜂蜜採取という日常的な行為の中でなぜ夫は妻を殺害したのか。この質問を投げかけた。

この質問の後にバクの誘惑神話を紹介し、蜂蜜狂いとの間に行為の「転換」構造が浮かび上がると指摘した。両者を対として理解すべきなので、その転換構造を上記1~6において説明した(つもりです)。

貪欲淫乱妻を殺害した夫は妻親族の手によって白蟻塚、あるいは灰(cendres)に変えられてしまった。 « les parents de l’épouse séduite par le miel se vengent en le transformant malgré lui en termitières ou en cendres » (103)

 蜜から灰へを読む2 蜂蜜狂いの娘 了 (2023年9月30日)

(本ページに掲載されている写真、挿絵はレヴィストロース作品から拝借)


















 

新大陸のバク
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