部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに 神話学のページに    
神話学第2  « Du miel aux cendres » 蜜から灰へ 3 カエルの饗宴  
   

2部 カエルの饗宴le festin de la grenouille

自然側からの誘い、蜜はあふれ、食べきれないまでに野豚の肉が積み上がる。しかし天国は続かなかった。「天国からの追放」を主旋律にして、自然側から仕組まれた出会いそして追放脱走などを奏でる31部の2の組み合わせ、6の変奏。カエル変奏曲の始まり。

Arawakはカリブ族の有力支族、ギニアに独自の文化生活形態を今も維持している(らしい)。蜜との同盟、つかの間の夢を見た後に人は「一日がかりで額の汗、わずかな量しか得られない」嘆く。蜜は貴重になりはてたかを説く神話です。

M233「蜜の精MabaArawak129

蜜狩人と蜂プリンセスMabaとの出会いは;

 « Jadis, les nids d’abeilles et le miel abondaient dans la brousse » 昔はの~、森に入ればミツバチの巣なんてどこにでも見つけられたものだ。蜜もたっぷり採れたのだ、あの頃は。いつもながらに木を穿って、ミツバチ巣Mabaは、Mabaと男は問いかけて捜していた。どこからともなく若い女の叫びが

 « Attention ! Tu me blesse ! Il (蜂蜜狩人l’Indien) poursuivit son travail avec précaution et découvrit au cœur de larbre une femme ravissante qui lui dit sappeler Maba, « miel », et qui était la mère ou lEsprit du miel. Comme elle était toute nue, lIndien rassembla un peu de coton dont elle se fit un vêtement et il lui demanda dêtre sa femme »

訳=「気をつけて、私を傷つけないで」声の出所は幹の内から、怪訝な気持ちを抱くも注意深く、蜜狩人はさらに幹を抉ると空洞(蜜蜂の巣のありか)の手応え。男は斧を先にすすめ開けきって見ると、なんと蜂の巣の代わりに輝くばかりの女が現れた。「私の名はMaba(=蜜)、あなた、私を呼んだのでしょう」と恥ずかしげに語る。恥ずかしさには理由がある、なぜってMabaは全裸、男はわずかばかりの綿布をかき集め、与えると女は前を隠した。妻にならないかと尋ねる男を見詰めながらMabaはゆっくりと頸をタテに振った。

たった一つの条件とは « Elle y consentit à la condition que son nom ne fût jamais prononcé » 「私の名を絶対に他の人に教えないでね」

 
 

本名を人前で言ってはならぬ。Mabaの約束掛けを読みながら、小筆は「悲しき熱帯」Nambikwaraの一シーンを思い浮かべた。女の子同士で諍いがあって一人が片方を叩いた。叩かれた子Elle vint se réfugier auprès de moi, en grand mystère me murmurer quelque chose à loreille. 「その子が私に近寄ってきて、とっても不思議だったが、耳元で何やらささやきだした」 (TristesTropiques326)

意地悪の仕返し、告げ口したのは叩いた子の本名だった。

怪しい事態がなにかとは、それが何に気がついて叩いた子は大急ぎでとんできて「密告」の子の髪を掴んでレヴィストロースから引き離した。

先住民は本名と通称を持つ。本名は絶対に他人に教えない。身内、せいぜい集落内の者にしか伝えないし、お互い様だから村人は声にしない。他人に分かってしまう事態が恥ずかしいし、呪い文句に使われる(一部は訳者の推測)。

仲睦まじく二人は暮らす。« Ils furent très heureux pendant de nombreuses années »

Mabaは蜂蜜酒(=hydromel、蜜を水で薄め数日間放置すると甘美なアルコールに変わる)を夫の宴会に欠かさず用意した。 « Pourtant un jour qu’on avait tout bu, le mari sans doute éméché, crut bon de s’excuser auprès de nombreux invités » その晩、珍しく樽が飲み尽くされた。男は数多い招待客に言い訳を申すが良かろう、ほろ酔い気分だったのだろう « La prochaine fois, dit-il, MABA (大文字は小筆)en prépare davantage » 明晩には十分な量をMabaに用意してもらう。うっかり本名を口にした。  « Aussitôt, la femme changea en abeille et s’envola » すぐにMabaはミツバチに変身しては空に消え去った。男は森に迷い込みMaba, マバ 声張り上げても二度と現れなかった。うっかりミスが男の約束破り、その名と叫んだとてすでに遅し。以来誰が呼んでも蜜の精は出てこない。

「蜂蜜を採取するに額に汗(la sueur au front)の一日が必須、それほどにも貴重と化したのは男のうっかり、約束破りのせいだとさ」

Mabaと男の出会いは偶然(aléatoire)か仕掛けられたか(programmé)

男が呼ぶ声「Maba出てきて」をMabaが聞いた。それは蜜狩人の「蜜はないか」作業の掛け声なのだけれど、(偶然に)聞いたMabaは己が呼ばれていると受け取って巣から逃げ出さなかった。巣板を剥がされて、裸の姿まで見られてしまった。隠し布を当ててくれるほどに男は礼儀正しい。そして求婚、こんな場面に追い籠められたのだから「仕方なく」受け入れた。

これが文の流れ、全てが偶然、aléatoireの出会いである。

引用の文脈はかく淡々と偶然を装うが、この出会いは自然からの仕掛け 、そうと先住民が語りかけている、と小筆は解釈する。仕掛けに何かが潜むならそれが自然の意志。文化への同盟の誘いかけである。偶然を装った金色の輝きは蜂蜜ではなく女の裸身、見よがしに晒したとは仕掛けも上々の企みである。

偶然aléatoireの理由は ;

男とMabaの結びつきは自然と文化の同盟となる、その接点に浮きあがった世界が黄金時代の到来である。毎夕毎夜、村中揃って飲めや歌えと大騒ぎ。この豊穣と騒擾が、自然文化の同盟成就の賜物である。自然の蜜が文化の醸成工程を経たら、誰もがふんだんにhydromelを嘗められる。「エデンの園」が自然のおかげで創造された。

第一行 « Jadis, les nids d’abeilles et le miel abondaient dans la brousse »「昔はの~蜜が流れるほど」は古老の懐かしみ、たしかに天国は出現した。約束した禁忌を破った男のうっかりで天国が破綻した。

このうっかりも偶然aléatoireと語られるがそうだろうか。起因は男の酩酊、天国での注意力弛緩が陥穽。うっかりではなく安逸がもたらす傲慢で約束を破ったと考えられないだろうか。

「人は天国に住むに値しない」の結論に自然がたどり着いた。Mabaは失せエデンが消えて、生きるこの世の苦しみに人が追放された。

(フランス翰林院会員にして構造主義の先達、レヴィストロースは「仕組まれた出会い」解釈(部族民蕃神)を取らない。正統なる解釈は「出会いは偶然、名前のインシデントもうっかり」と説く。この差異を後述、PDFにて対比させる)

ここまでの論点を要約すると;

出会いの形態は偶然か計画か

人がのめりこむのか自然が誘うか。この調律の塩梅を平均律に響かせる「カエルの饗宴le festin de la grenouille6変奏曲」である。

 

M235 (Abeille devient gendre, 蜜蜂の婿 Warrau族、135頁)

Warrau族はMaba神話を伝えるArawak族の北方、ギニアの地に居住する)

父が息子と娘を引きつれ狩に出た。娘は月の障りをむかえたのでキャンプで休んでいると « La jeune fille fut surprise de voir un homme sapprocher et partager sa couche » 誰かが近づく足音に驚いた、若い男(Simo)が娘に近寄り褥を共にした。

Simo蜜蜂の化身、見初めた娘が兄弟から離れ、一人になるのを待ちかまえていた。故にこの出会いは蜜蜂、自然側が蜂を男に変身させ、娘を狙うとの仕掛け(programmé)が設けられた。Simoは娘と褥を共にしたのみ(それ以上は無かった)とは文脈 « en dépit de soin qu’elle prit d’avertir de sa condition et de la résistance qu’elle lui opposa » で明確。ここは「娘は障り中であると彼に告げ、抵抗も試みた」の訳となるが、抵抗したのは「同衾」であると字面通りに読みたい。これが « Mais le garçon eut le dernier mot, et il s’installa auprès d’elle en protestant de la pureté de ses intentions. Certes il l’aimait depuis longtemps » 少年は誓いの言葉を告げた、己の意図の純真さを示しながら娘の横に滑り込んだ。実に随分の前から、少年は娘を愛していたーに続く(南米先住民の慎み深さは幾度となく神話に描かれるが、ミツバチだって負けない)。

Simo神話M235に戻る。

父と兄弟は一日中、狩りに出るが獲物を見つけられない。今日も手ぶら、疲れ切ってキャンプ地に戻る。 « ils revinrent bredouille » 今日もまたボウズ(獲物なし)。妹の褥の脇に若者が立っていた。
翌日、結婚の儀が行われた。
















 

キツツキは律義者
こまめに働く
 

  両神話ともに自然側から文化へ同盟しようとの誘い。男女の出会いには自然からの仕掛けが秘められていた(レヴィストロースの解釈と一部ずれる)
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Simoは義父ら三人にキャンプ地に留まるよう願い、一人で狩りに出た。たちどころに « il tua une quantité prodigieuse de gibier que les trois Indiens furent incapables de charrier » とてつもない数の獲物を持ち帰った。その重さは残った3人が運ぼうにもできなかった。

キャンプ地では望み通りの肉が手に入り、帰村できるに至った。Simoは軽々と大量の干し肉を背負い、歩みに遅れる事もない。

村ではSimoの望み通り全てが順調に進展した。

 

妻の妹二人はSimoにただならぬ関心を持つ。ある昼下がり、沐浴時間、妻から子をあずかりSimoは木陰であやしていた。義妹二人も沐浴を始め、Simoの関心を呼ぼうと水を掛けた。 « Les belles sœurs réussirent à le mouiller » 義妹の水掛けは成功したのだが、 « Aussitôt il s’écria. Je brûle ! Je brûle » 突如叫んだ。焼ける、焼けてしまう。転げ回って蜂に戻って空に消えた。

蜂は水気を極端に嫌うとWarrau族は言い伝える。

 

元曲のMaba神話(M233)、それからの第1変奏がM235Simo、変奏部分は、

レヴィストロースは[=>] (同じ)[=>](性が逆転した)と説明する。これを解説すると;

図式の説明;

1      縦列の左一行目は筋立て、禁忌。2行目(内容)の実体とは「物と接触してはならない、réelで+」「言葉、名を明かしてはならぬverbalでー」

2      2列目は互換性があるやなしや。語には互換性がある。Mabaは個人名であり普通名詞で蜜の意味をもち互換となる。しかし物にはそうした性状がない、

3      男と女、自然と文化の出会いは偶然か計画か。レヴィストロースはMabaと蜜狩人の出会いも、Simoと娘の出会いも偶然としている(表での-はaléatoire、不確実性が正訳だが、偶然とした)。小筆はこれまで幾度か、これら神話での出会いは「偶然を装った恣意」であると説明していた。故に本書原典のマイナス-(レヴィストロース判断)に対し、+を付けた次第である。同時にこの判断は自然と文化の接近は単に偶然の所産か(レヴィストロースの意見)、小筆が述ぶる「自然からの誘いは濃厚にあった」かの分かれ道でもある。「明子さんまたお会いしましたね、お茶いかがですか」見え透き企みで明子嬢に接近をはからんとする奸計。これと同列にする。

4      注目すべきは3,4,5の列は+、-が見事に揃っている点である。何を意味するか、自然文化の出会いとは同盟が一旦は成立して破綻が必然と物語る。その思想を4列で+、5列で-に整合しての解析、文化が自然の楽園を喪失した過程が図式の上に見て取れる。  

第二変奏曲(Simo後継に「自然」はカエルAdabaを出した)

M237 (Arawak族 Adabaの冒険譚 histoire d’Adaba 140頁)

兄弟の狩りはこのところ不調。妹が一人キャンプに居残る。樹性カエル(樹の洞に住む)がWang Wangと啼いた。 « Auprès quoi cries-tu? Tu ferais mieux de cesser le bruit et m’apporter de la viande » お前、カエル。何のために啼く、それを止めて幾ばくかの肉を持ってきたらどんなに嬉しい事やら。ため息をついた。するとAdaba(カエルの名)は人に変身して森に入った。さて、兄らがキャンプ地に戻ると妹が肉を焼いていた。語り筋はM235と同じで狩りは永らく坊主 « bredouille » なのに肉を焼いている。横に男が立ちその姿が奇妙だった。























 部族民(蕃神)が自然と文化の出会いをすべて自然からの仕掛けと(レヴィストロースには反して)したのは、Mabaの出現の仕方の思わせぶりの様。
だって恥ずかしげに全裸を晒して「なぜ呼んだの」と出てきたら(女に)下心はあると自身に言いつける。蜜狩人はすっかりMabaの策術ハマった訳です。
(左コラムPDFをご参照)
   

 « Car l’homme était des plus étranges. Il avait le corps rayé jusqu’au bras de ses maigres jambes, et portait un petit cache-sexe de tissu pour seul vêtement » この男のこれほど奇妙な体躯は他には身あたらないほどだった。筋の浮き出た身体が腕まで続いてそれに細い手足がくっついている。小さい布隠しを身につけているだけ。

Adabaと名乗る男は兄弟達の狩りが思わしくないと知ると、彼らが持つ矢を検分し、苔むしが過ぎる「狩りがまずいのはこのせいだ」指摘した。妹に木間に紐を張らせ、兄弟には紐の真ん中の的を射るよう命じた。兄弟は的に狙い矢をしっかり命中させた。Adabaは「その放ちが拙い」。正しい矢の射方は;

 « au lieu de viser l’animal, il tirait sa flèche vers le ciel et c’est en tombant qu’elle se plantait dans le dos du gibier » 獲物を狙うのではない、彼は矢を空にはなつ。放物を描いて獲物の背を抜くのだ。翌日から兄弟は獲物多数を担ぎ戻る。

Adabaは婿となって義父らが住む村に居を構える。ある日、嫁が「一緒に水浴びしない」と誘う。  « Non, je ne me baigne jamais dans ce genre d’endroit, je ne me baigne que dans les arbres creux où il y a de l’eau » それがし、そのような場で水浴びなどせぬ。木の洞に水は溜まる。そこでしか水浴びはせん。嫁はAdabaに三度水を掛け、沼からあがって夫を掴み抱こうとしたら、Adabaはカエルに戻って森に逃げた。それ以来、兄弟は(すなわち人は) 狩りでよい目を見ない。

 

本神話の特記事項は;

1      カエルAdabaWang啼き声が娘への誘いかけ、自然から文化へ同盟の申し出。計画性はMaba, Simo神話と同じ。

2      同盟は一旦成立するが、程なく破綻を迎える。嫁の軽々しい行動が原因。

3      好猟か獲物なし(bredouilleボウズ)かの決め手は、狩猟(採取)技法(空を狙え)の伝授もあるが自然と同盟している状態でこの好猟の決め手となる。自然からの差し出しは嫁(Maba)として婿(Simo, Adaba)として、同盟の要になるがそれが人間界にとどまる間は呪術効果をももたらす。

4      空を狙う弓射出技法は実際の技法です。獲物に近づける限度が30メートルだろうか、そこから矢をつがえ射る動作、放たれた矢が己に向かうと知った獲物はとっさに逃げる。30メートルの距離を矢が飛ぶ先には獲物が去った空白が残る。この不首尾を防ぐに矢を空に向ける。獲物は「人が近づいた、放たれた矢は空に向かってこちらに来ない。下手な狩人だこと」安心した。数秒経ってのんびり草はむ背中を矢が崩す。先住民はこの弓技法を実際に活用している(悲しき熱帯での記述)。

(一連神話では自然と文化の出会いを伝えているが、それが偶然なのか仕組まれているのか、レヴィストロースの分析と部族民は異なる(前述)。PDFをご参照に)

カエルの饗宴le festin de la grenouille)了 (2023年9月30日)

 

(狩りの技法、弓箭の道についての別投稿Adaba















 

先住民が知恵を持ち、機転を
効かせる動物として一目置く
のは樹上棲のカエル。蜜を罠
にして、ジャガーも葬る。
(写真はネットから)
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