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神話学第二巻Du miel aux cendres蜜から灰へに掲載される(カエルAdaba の教えM237)を引用し、魔球の成り立ちを紹介する。その前に南米先住民の自然観を若干(一部カエルの饗宴と重なるがご容赦)。
M237カエルAdaba、Arawak族伝承
3人兄弟と妹が一人。森の奥に露営小屋を建てて狩りに日がな一日を送っていた。しかし猟果は捗々しくない。一匹の小物すら持ち帰れない日が続いた。その日、娘は月の障り。小屋に籠もっていた。近くの木の空洞から「Wang !
Wang ! 」カエルが啼いた。
「何のために啼いているの、啼くのはやめてお肉でも持ってきてくれたら良いことがあるのに」娘は愚痴混じりを返した。カエルの啼きははたと止み娘は午睡にまどろんだ。
物音にふと覚めると枕元に見知らぬ若者。手には狩り獲ったばかりの野ブタ、床に優しく置くと(お前にあげる)若者は添い寝を願った。娘の返答は「いいわ」。若者の冷たい胸肌が二の腕に触れ、何故か心地よかった。夕暮れ、兄弟はこの日も猟果はなし。
手ぶらで帰る足取りは重い。露営地に近づくと肉を焼く匂いが鼻をくすぐった。しかし奇妙だ。保管していた肉まで食べ尽くし、小屋には何も残っていない。一体何を焼いているのか、疑うより先に足が進んで小屋にたどり着くと、妹が大きな肉塊をこんがり焼いていたところだった。
その脇には見知らぬ若者。
己をAdabaと紹介した(一般名詞adabaは樹棲のカエル)。
« Après un échange de saluts,
Adaba s’infirma du résultat de la chasse des trois frères et voulut inspecter
leurs flèches. En riant, il nettoya la moisissure dont elles étaient couvertes,
et il expliqua que c’était cela qui altérait leur course. Il pria alors la
jeune fille de filer trois lignes de pêche et de les tendre entre deux arbres.
Sur son ordre, les frères visèrent tour à tour et leurs flèches se piquèrent en
plein milieu. Adaba chassait lui-même d’une curieuse façon ; au lieu de
viser l’animal, il tirait sa flèche vers le ciel et c’est en tombant qu’elle se
plantait dans le dos du gibier »
挨拶を交わしてのち、Adabaは3兄弟に狩りの首尾を尋ねた。(手ぶらbredouilleで戻ったのだから答えは)一匹も。Adabaは兄弟が使う矢を検分した。矢軸はびっしりと黴に覆われていた。Adabaは「この黴が矢の飛び跡をふらつかせていたのさ」と笑いながら諭した(別の言い伝えではピカピカの矢をAdabaが手に取ると、見る間に矢軸に黴が浮かび上がる)。
黴を拭い払って返した。Adabaは娘に釣り糸を木と木の間に3本掛けてくれと頼む。兄弟たちに糸を的にして射つようにと。3兄弟が順に矢を射る、皆が細糸の張りの真ん中に矢を当てた。
(矢の飛び方は正しく修正された、しかしそれでも狩りはうまくいかない。的に矢を向ける狙い方が駄目なのだとAdabaは指摘する。正しい射かたの講釈を聞いても兄弟は信じられない。実際を見せるために3兄弟を連れてAdabaは森に入る)。
Adabaの射かたは奇妙だった、獲物に矢を向けるを無視して空に向ける。矢は一旦上昇するが、すぐに放物線を描いて地に向かい狙った獲物の背を抜いた。
「これからはこの射かたで大猟は間違いなしだ」と兄弟を励ました。(引用終わり)
サッカーでも野球でも、得点の要、魔球の原点となる放物落下の弓技を文化倫理の観点からレヴィストロースが説明を試みる。
« Jusqu’ici, la relation négative est donc polaire, comme est polaire
(et subjectivement aléatoire) la relation positive qui s’instaure depuis
M236 entre un chasseur et son gibier à la condition qu’il tire en l’air,
c’est-à-dire sans qu’apparaisse une connexion prévisible ente cette conduite
et son résultat :
un animal sera sans doute tué, mais l’espèce à laquelle il appartiendra
restera inconnaissable jusqu’à ce que le résultat soit acquis. Nous avons
déjà appelé l’attention sur le caractère semi-aléatoire de la conduite
limitée que M236 prend soin d’intermédiaire :
si on tire en direction d’une volée, l’incertitude portera sur l’identité
de l’individu qui sera tué, mais non sur l’espèce, et les conditions requises
par l’hypothèse ne seront plus réunies. Aussi les autres oiseaux foncent
sur le coupable et le dépècent »
(Du miel aux cendres 146 page)
訳の前の補足説明:引用文の前に2の別型神話が載る。L’oiseau
meurtrier(殺人鳥)神話。見境なしに鳥を狩る狩人らに復讐を下す巨鳥を主人公にしている。人はかつてこうした自然に敵対する「見境なし」の狩猟を実行していた。自然側からの反撃は頻繁であり、M226など殺人鳥神話 は対立を語る好例である。カエルAdabaが教える技法は、矢を上空に向ける。放つ時点で獲物が仕留まるか否かの結末は分からない。矢の軌跡をaléatoire偶然(賭け)に委ねている。さらには仕留められての間際にも獲物は狩人に狩られたと気づかない、同種が目撃してもわからない、報復を受けない。文化側の「言い訳」ではなく、「狙われた、仕留められた」憎しみを(次に狙われる同種の獣に)植え付けない技法であるから。
中空狙いは動物と人とを「positive前向き」維持する。カエルAdabaが説く主旨は交流の維持である。引用文の訳を試みる。
訳:これまでの神話で(狩人と獲物の関係は)対極的(polaire)であり敵対的(négative)であった。M236(Adaba神話の一つ前、本文の引用は原典にない)が採り上げる中空に矢を放つ技法は、両者の対極関係を保ちつつ融和的(positive)関係に様変わりする効能を発揮する 。狩人が矢を放つ行為と、その結末は中空を介することで断ち切れる。1の獣は仕留められる結末を迎えるが、他の個体は狩人の射掛け行為と同僚の仕留められを結び付けない。M236神話は敵対の対極関係と融和の対極関係の中間に位置し後者(M237Adaba 神話)を予告する文筋である。
もし個体に向けて矢を射る技法を取ると、標的になった獲物には人への疑念(incertitude)が生じる。
しかし矢が狙うのは空、落ちて獲物の背に当たったら偶然の結果、自然の選択である。人が動物側を侵蝕していることには繋がらない。
Adabaが言った「直接狙いは止めよ」。寅さんは「それをやったらおシメエェよ」オイチャンに。
Adaba(樹生のカエル)に学んだ兄弟はArawak族(アマゾニア下流域)、空を射る技法は多くの南米先住民に受け継がれている。レヴィストロースにして他著作で南米先住民がこの技に卓越している事例を報告している。Bororo族の若者が彼の立つ足先に小皿ほどの小円を描き、その場から動かぬようと言う。若者は弓を絞り空に矢を放った。ヒューィ、甲高い音が上空に響いてまもなく、向きを下に換えた矢が地をめがけ落下した。小円の中心を射た。ウイリアム・テルにも劣らない技法ながら、半歩でも動いたら鏃がレヴィストロースの頭頂を射ぬいた。レヴィストロースにしても中空に向かった矢が足下に落ちるとは気づかなかった。
前投稿で獲物への直接照準を避ける狩りの技法を紹介した。その説明には自然との直接(対極polaire)対決を避ける人の倫理が認められるとした。南米先住民の多くは狩猟と採取で生活する。獣を育てる自然への崇敬、畏怖を有している。そうした感情から獣を狩る技法にも、自然への気配りを絶やさないのかと思う。この摂理を踏み外した狩人には懲罰が控える。幾つかの例をレヴィストロース著作から拾い上げると;
1 夜の狩り(バンドリ)
夜の狩りを専らとする狩人に木の精霊が怒り、留守宅に押し入るとした。居合わせた妻を殺害し四肢バラバラにした « Un
indien, qui aimait chasser la nuit, excita la colère des esprits des bois. Ils
décidèrent de profiter des absences du chasseur pour envahir chaque nuit. Là,
ils dépeçaient le corps de sa femme »
狩人の戻る太鼓(大猟の報せ)が聞こえた。精霊は四肢、腹、頭などを個々に捨て散らかして逃げ去る。追いかける狩人に妻の頭が跳びついて狩人を肩からかじりついた(M364転がる首神話、Uitoto族伝承、食事作法の起源42頁)。
2 狩りすぎ
狩り行はまさに虐殺であった。仕留められた獣の脚、頭、毛皮、内臓が露営地に乱れ転がっていた。少年は男たちが狩りに出ている間、獣肉の燻製にたずさわっていた。突然« Soudain , il
vit surgir un inconnu qui inspecta le gibier d’un air mécontent, compta les hamacs et s’en fu »男が湧き上がるかに出現し仕留められた獣を検分し始めた。不機嫌そのものの表情であった。ハンモックを数えて消えた。少年はこの目撃の仔細を男たちに告げた、誰も「寝ぼけていたのだ」と聞く耳を待たなかった。父親だけは理解して、二人だけ「ハンモックを外した上で」露営地外で一晩を過ごすと決めた。寝付くまもなく露営小屋からは男たちの悲鳴が聞こえた。 « C’était
le Curupira et sa bande, esprits protecteurs de gibier, qui massacraient les
chasseurs irrévérencieux » Crupiraとその手下、獣たちの護り霊、彼らが取り決めを無視した狩人を虐殺したのだ(M391転がる首神話 Tembe族伝承 食事作法の起源73頁)。
3 不遜
紐縄猟に携わる男、ここしばらく運から突き放されて大物が獲れない。他の狩人はそこそこの猟を挙げているにもかかわらず、彼だけがSiaba一羽(griveツグミ)の貧果に終わった。男はそのツグミに怒りをあてつけた。くちばしを無理やり開け、屁を放ってから開放した 。« Il ouvrit de force le bec de l’oiseau, péta dedans et
relâcha le bestiole » その晩から男が狂った、休みなく口を開いては蛇、雨、終いにはアリクイの首まで喋った(アリクイには首がない、無いことを話すとは「死んだも同然」とみなされ、喋り続け抵抗する男を村人は総出で埋葬した(M240キチガイ狩人、Tukunaザク伝承、蜜から灰へ151頁)。小動物も自然の恵み、崇敬を欠いてはならぬ(生と調理の挿絵から)
4 大型獣への配慮
ジャガーをむやみに狩猟してはならない。死者が出たときにのみに許される、これはボロロ族しきたりです(悲しき熱帯から)。大型獣としてバク、オオアリクイなどにも狩りを戒める部族規制が設けられている。悲しき熱帯の記述を通しての解釈です。
後譚:Adabaはこの妹と夫婦となって子も授かる。ある夕暮れ、皆の沐浴を河畔で眺めていた。妻の妹が水浴びにおいでよと誘う、水を手で打った。それがAdabaに掛かった。 « Je brûle, je brûle » 身が焼かれると叫んで森に消えた。それ以来兄たちには貧猟に戻ってしまった(Adabaは樹棲のカエル、河川には入らない。沐浴で水かけするのは女の誘い)
カエル伝授の弓術と先住民狩りの倫理 の 了 (2023年9月30日)
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