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本文を読む ;
« Mais en premier
lieu, ces bribes et ces morceaux n’offrent ce caractère qu’aux yeux de
l'histoire qui les a produits, et non du point de vue de la logique à quoi ils
servent. C'est par rapport au contenu seulement qu'on peut les dire hétéroclites ;
car pour ce qui est de la forme, il existe entre eux une analogie, que l'exemple
du bricolage a permis de définir : cette analogie consiste dans l'incorporation,
à leur forme même, d'une certaine dose de contenu, qui est approximativement égale
pour tous » (page cinquante)
訳の前;(前文に)トーテム儀礼は一つの論理を調べるとハギレ断片のような(行為、しきたりなど)に当たる。それらをどのように論理で再構築するかを問うーこの文を受けて…
訳:まず初めにこれら断片が存在する事実は、いかにして形成されたかとの歴史からの説明が主流である。それらが今の時点でどの役割を担うかに論が進んでいない。さらにそれらは種々雑多な面を見せると言える根拠は、内容に言及してからである。なぜなら形について、それら(断片)はかならず類似が見つけられ、やっつけ仕事bricolageの説明でも証明しているが、類似は本体(論理)の中に入っても、幾分かの内容を表している、全ての断片についても同じ様であるといえる。
上文を理解するに「トーテム的現象」でレヴィストロースの立ち位置を明確にする要がある。
1 トーテムとは「ポール像」に代表される特定動物への信仰のみではない。
2 動植物世界がいかにして形成されているかの論理組み立て。
3 世界、森羅とヒト社会(文化)がいかに繋がっているかを説明する論理。
上3を踏み台として引用文を解釈すると ; Bribes断片、ハギレとは動植物に関連する説明言い伝え、取り扱いなど。これらを事柄の形体を些事にわたり論じても意味がない(多くが類似するから)。それらの内容(思想)に肉薄し、総体として何に役立っているかを探る。
レヴィストロースは万華鏡Kaléidoscopeを出して説明する。
« Cette logique opère un peu à la façon du kaléidoscope,
instrument qui contient aussi des bribes et des morceaux au moyen desquels se
réalisent des arrangements structuraux. Les fragments sont issus d'un procès de
cassure et de destruction, en lui-même contingent, mais sous réserve que ces
produits offrent entre certaines homologies : de taille, de vivacité de coloris,
de transparence… » この論理はカレイドスコープ(万華鏡)の働きに似ている。胴状の容器に断片を詰める、それらが何がしかの仕掛けで構造的な調整をみせる。内部の断片は素材を壊して作成し、それらは似たりよったりだが、同一性を保っている。大きさ、色合い、透明度...など。
この後も続くが万華鏡の仕掛けを詳細に(この一文は35行)説明している。万華鏡とトーテム現象の類似には皆様お分かりかと。部族民における多様(些細bribes)なしきたり、儀礼などが鏡胴に充填する破片で、それら一つ一つには意味が見えない。しかしある原理、思考を通せば全体が構造を持つ「論理体系」に再構築できる。
上引用での鍵語は « arrangements » 調整である。この調整は仕掛け「論理」と協働する思考です、そしてその一様態の「分類」作業となる。部族民が見せる些細なしきたりの中身を吟味し、調整すると分類なる思考が浮かび上がるーとレヴィストロースが伝えている。
なぜ「分類」なのか?古生物学の権威、その分類法を確立したジョージ・シンプソン(1902~84年アメリカ)を引用する « Dans certains cas, on
pourrait se demander si le type d’ordre qui a été élaboré
est un caractère objectif des phénomènes, ou un artifice construit par le
savant. =中略=pourtant le postulat fondamental de la science
est que la nature est ordonnée, la science se réduit à une mise en ordre… »
(Simpson, Principales of animal Taxonomy 1961年)
訳;時折、その秩序立てを入念に考察された説にしても、客観的に事象を表しているだろうか、もしかしたら学者なる者の人工(机上の)作品に過ぎないのかに自問することがある。(この自問は必ず、ひっきりなしに起こる=中略部分)。しかし科学の基本とは自然は秩序を有するので、科学とはその秩序立てを探る学に要約される(22頁)。
シンプソンは近代科学の学究、彼の観点(世界を分類するとは、たとえそれが完璧でないとしても、何も分類しないよりは遥かに良い)、これをレヴィストロースが受けて ;
« Or cette exigence d’ordre est à
la base de la pensée que nous appelons primitive, mais pour autant qu’elle est à la base de toute pensée ; car c’est
sous l’angle des propriétés communes que nous accédons
plus facilement aux formes de pensée qui nous semblent très étrangères »
訳;さよう、この脅迫感(秩序を組み立てないと)はあらゆる思考に取り憑いているから、我々が未開とよぶ思考の基礎にもあるのだ。彼我の共通の求め方があるとの視点を持つことで、非常に異質と思えるそれら思考形式を理解できるのだ(22頁)
実際例を本書に探る ;
Dogon族のフローラ植物界の理解は分類から始まる(54頁)。
植物は22家族に分けられる。家族構成は木、灌木、草と必ず3種。それらは父母、子などと擬せられる。またそれぞれは身体の部分はとある技術、社会の構成と交流(correspondance)関係をもつ。これら 植物家族は「単独生活する」「ともに生活する」の2形態に分けられる。
単独生活の植物はオスとメスに分かれる。おおよそ関連がない植物同士を(別居するが)夫と妻としている。雨期はつがいを組み、それぞれが子を持つ。メスはメスの種の子。オスも子を産みその子の種のオスを引き継ぐ。常に対に生活する植物もまた雨期に番いして、常に双子を産む。子はA植物がBを、BはA 植物の子を生み分ける。
彼らの分類法で驚かされるのは関連のない植物をcorrespondance(異種交信)させる奇抜さではなく、このcorrespondanceの考え方がアメリカ先住民にも見られる事実があるから。
植物にはオスとメスがあって、共棲していたり分かれて暮らしたりしているなどの世界観が例証される(北米Navaho, Obijiwa、ハワイ先住民などの言い伝え)。
Navaho族民族誌でDurkeim, Maussが報告した内容「生物は言葉なしと言葉ありに分けられ、言葉なしは動物と植物で動物は走り飛び、這いに3分され、それぞれは自然の構成要素と異種交信correspondanceを持つ」この宇宙には別の世界が存在する。
Ojibwa族はヒトと動物は通婚していたとの信心をもつ。古老は語る « Nous savons
ce que les animaux font, quels sont les besoins du castor, ou de l’ours, du saumon et des autres créatures , parce que , jadis, les hommes
se mariaient avec eux » 我々は。ビーバー、熊、鮭、他のあらゆる動物が何を必要とするのか、なぜそうした行動を取るのかを知っている
なぜならかつて人は動物と通婚していたから。
ここでは狭い意味のトーテム(部族の祖先)を人類全体に広げている。
それ故に « Les êtres que la pensée indigène charge de
signification sont perçus comme offrant avec l’homme une certaine
parenté » 訳;先住民らが意味づけをしているそれら存在を、あたかも人との親戚関係がある大事な者らとみなしている。 « Les Ojibwa croient en un univers d’êtres
surnaturels » Ojibwa族(北米先住民)は超自然存在が住む別宇宙を信じている。; « ils
ressemblent à l’homme en ce qu’ils
sont doués d’intelligence et d’émotion.
Comme l’homme aussi, ils sont mâles et femelles, et
certains peuvent avoir une famille » (同)
訳;超自然者は人に似ているし知性と感情を持つし、人と同じく男と女に分かれ、家族を持つ。
ハワイ先住民が超自然世界を信ずる例を紹介する(Handyなどの民族誌から)。原文の紹介は省くが精霊、神々、人の精神などが人と共存する世界を信仰しているとする。北米先住民Ojibwa族と同類の信仰といえる。ハワイと北米の先住民には交流はない。それぞれが異なる文化生活を展開していた。
共通点は「先住民」の立場と新石器革命に獲得したscience du concret具体科学を信奉している人々である。かつ西欧の哲学科学が2~3百年前に獲得した「sciences modernes近代科学」の洗礼を受けていないに行き着く。大洋をへだてた両民族には共通項がある。その基本思想は具体科学にみられる「モノ」世界の展開である。
これら幾つか部族の分類法を挙げたのちレヴィストロースは ;
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