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(2025年12月30日)本年10~11月にて野生の思考La Pensée
Sauvageの解説をX、Youtube等に「具体科学」として連続投稿した。11月4日の動画ではその基礎概念「分類」を採り上げた。趣旨は分類こそ宇宙森羅把握の原点であり、手にする情報が不備で全貌は把握できなくても、ともかく人類は宇宙を分類する、人の理性にはこうした圧迫が潜むと紹介した。これを知性脅迫
exigences intellectuelles とレヴィストロースは名付けている。
知性は「形状」の似通いを探し分類に乗り出す。形状とは形、色、大小などで「似違い」も吟味のうえ、特定(同一種identification)、同定assimilation、類似analogieなの階層化を構築し、種から類へと分類を総合把握する(添付図参照)。形状からの分類作業は近代分類学の開祖リンネの手法ともつながる(単純リンネ式、simple
linnéen としている)。
「形状による組分け」と別の原理でかつ同程度の頻度で用いられる「分類」が、多く先住民に認められる。現代人(日本、西欧など)はこの手法を「表向き」には持ち合わせない。故に一時代前の民族誌家は、手法が抱える原始性に整理が至らず「奇妙な考え」として脇に外していた。レヴィストロースはこの風変わりさに取り組み、その原理をcongruenceと命名した。« Congruence » なる語は数学、経済で散見するが、民族学では用いられない。彼は独自発想でcongruence
を取り込み、民族学として「異形同種」論を展開した。
部族民(蕃神ハカミ)は彼の手法が分からないまま、部族民として展開に至らなかった。分からないとは自身の感性世界に取り込めない不案内を意味する。ところが最近、ある話題を仄聞して一気に解釈が、というか思い込み、広がるに至った。その話題が「早苗バッグ」、これとcongruence異形同種を結びつけた。そのチンプン様を皆様に説明したい。
本稿ではまずcongruence語義の解釈から始める(動画I部)、動画II部にはて早苗バッグが、我々現代人をして早苗様の公活動に励起され、心の奥底に潜む原始の感性を揺り動かした経緯を述べる。この感性はまさに先住民思考、すなわち我々ご先祖様(縄文人)にあって、自家籠絡としていた奇抜な分類法を明かす。
部族民はその語に「異形同種」の訳を選んだ、その根拠をまとめる。辞書を開く;
Le Grand Robertで形容詞Congru(e) の意味はqui convient exactement à la situation donnée与えられた状況に正確に適応する=となる。類似語に
« convenable » 適応するが挙げられている。またRobert méthodique
では « Portion congrue 適当な取り分
» の例文に « à peine suffisant pour subsister » 金銭配当が「生き残れるにかろうじて十分な程度」の応用例を当てている。これらをまとめると「適宜な」がcongruの意味となる。少しだけ輪郭が掴めてきたが、理解には至らない。なぜなら野生の思考でレヴィストロースがこの語を宛てる文例、多くは分類と魔術(治療)に行き着くが、それらと「適宜」は結びつかない。
そこで本元の名詞congruenceを尋ねると(Le Robert)1義に数学用法が出ているがこれは通過して2義 « la relation de
congruence est une relation d’équivalence » congruenceな関係とは同等(同質)の関係となる。ここで
équivalence を理解すればcon..も分かるとなる。
スタンダード辞書でこの語は「等価」、「価値」が強い。少し掘り下げる。Equiは同等、valoir
(valeur)価値を語尾につけて等価とするが、この「価値」を「性状、思想」に引き上げられないか。 Le
Robert méthodiqueを開く、以下の例文を見つけた。 « Un homme qui ne
vaut pas cher » 価値のいない男=不誠実な男=性状。 « Se faire
valoir, se montrer à son avantage » 己の価値を示す 、優位点を見せつける=精神。
« faire l’étalage, de ses mérites, de ses connaissances » 知識、有利さなど=思考=を示す、これらがvaloir (valeur)の応用文として挙げられている。すると価値とは金銭換算のみではなく性状、思考、知識、考え方を含むと理解しても無理はない。日本語でも「男の価値」と言ったら、泰然、気構えを意味するから通じている(女の価値は美醜かな)。
形体「形状、色」に沿い種を決める、これが分類主流かもしれないが、形体は違っていても見えない部分の比較で2個体を同種とする分類する手法があったのだ。個体が内に秘める思想、考え方を探るのである。掘り下げ奥底を見比べて個体同士を同種とみなす、これがcongruenceとなる。「異形同種」の訳をはめた理由はここ、本書から例を挙げる。
北米先住民Hopi族の異種植物を「夫婦」とみなすれい。
(64頁内容から)ニガヨモギ(Artemisia)とヤクヨウセイジ(Solidago)は夫婦で、ニガヨモギはメス、ヤクヨウセイジがオス。季節に番い子を設ける。ニガヨモギの子はニガヨモギ、メスで、オスのセイジもオスの子を設ける。この言い伝えに先達民族誌家は関心を寄せず、奇妙な言い伝えと脇に置いた。レヴィストロースは、両草ともに一般的な草(稚拙言い方御免)とは異なり、両の草には神秘性が宿る。ニガヨモギは石剣の祭り、ヤクヨウセイジはお守り、西欧での金枝
rameau d’or、として護持される。それらを用いる治療は確立し、効能に信心が寄せられる。この点は先代の民族誌家は注視しなかった。奇妙と片付けた背景には西欧文明優位の思考が影響していたのか。
この植物の特異性(神秘)に注目、その思想特性を同等として、異形ながら同種とした。そのような文言は民族学にないから、経済用語を引っ張り出した。論をこのように見ていくと、この分類手法は奇抜ではないと理解できる。
« Les amoises sont des plantes à connotation, féminine, lunaire et
nocturne, utilisées pour le traitement de la dysménorrhée… » その香草(ニガヨモギ)は女性の含意を持ち、月、夜のかかわりが強い。月経困難症の治療に用いられる。 « Sur l’autre
groupe végétal, une recherche révèle qu’il s’agit d’espèces synonyme, ou assimilées
par la pensée indigène pour soigner l’appareil génital masculin » (page
64) 別の草(ヤクヨウセイジ)については原住民の思考では(二がヨモギと)同類同種とみなされる、こちらは男性器の治療に用いられる。
「異形同種congruence」分類の例を更に見る、
「キツツキの嘴」と「人の歯」は同種で、歯痛の時に嘴で突くと痛みが取れる信心 (Dogon族)
。鮭と木材は同種(イヌイット)などの例が(多く)記されている。これらにも congruence哲学は浮かぶ。
Congruenceは原理、原理を安堵する発動を交信correspondanceとする。ヤクヨウセイジとニガヨモギの例では「番う」。キツツキ嘴では虫歯に押し当てられる。交信を通じて同種であることを確認し統合に至る。
Congruenceを提唱するレヴィストロースを、非実際性を挙げて批判する学識も散見された。レヴィストロースは以下に反論する;
« Son premier objet n'est pas d'ordre pratique. Elle répond à des
exigences intellectuelles avant, ou au lieu de satisfaire à des besoins »
(page 21) もともとの目的は実際的秩序を探ることではなかった。まずもって、そして現に突きつけられている必要、すなわち知的圧迫に返答するためのcongruenceである。
« La vraie question n'est pas de savoir si le contact d'un bec de pic
guérit les maux de dents, mais s'il est possible dans certains points de vue,
de faire aller ensemble le bec de pic et la dent de l'homme. » キツツキを虫歯に当てて治療する、これが有効かを確かめるのを目的としていない。人の歯と嘴が同種であるか、そうであれば痛みが嘴といっしょに去る、を探ることが重要なのである。
« congruence dont la formule thérapeutique ne constitue qu'une
application hypothétique parmi d'autres, et par le moyen de ces groupements des
choses et des êtres d'introduire un début d'ordre dans l'univers ; le
classement… » (dito) 異形同種の概念から導かれる治療手法は数多い仮定の中でも、一つのみに限定されている。これが意味するところとはモノと生きるモノの集合化になる(correspondance交流の厳格さ=科学性を説明)ことで、宇宙秩序説明の始まりの一つと目される。
ゲイロード・シンプソン(古生物学の権威、アメリカ、故人)の「手の内の情報が不完全でも分類を試みなければ」の一節が上文に続いて引用される。その位置と文意を勘案すると、congruenceが主流分類法(形体による類似)より以前に、人類知性に取り込まれていたと伺える。
まとめ;
分類の主流はモノを形状から分類する、原理は概念分断(=前出)。一方でモノ外観など気にせず、その思想に立ち入り、共通項(対極性dichotomieとも云う)を探り出すのがcongruence、原理はモノ同士の交流correspondance、こちらは分断ではない、宇宙の統合となります。
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