部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
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土俗医師の失敗、悲しき熱帯(レヴィストロース著Tristes Tropiques  

興味深い逸話が紛れ込んでいた。ブラジルマトグロッソ地の先住民Nambikuwara族の現地調査に向かう旅、Barra dos Bugresなる小村(bourgade) に立ち寄った。現地人から聞いた話として;

毒蛇に咬まれた者への治療と予防をもっぱらとする土俗医師がいた。患者がでると呼び出され村に向かう。ポルトガル語ではcurandeiroとしている、仏語curer治療の類推でその仕事が治療師と見当はつく。この訳にrebouteux土俗医師をレヴィストロースは用いた。

その治療とは

 « il commencait par piquer l’avant-bras du malade avec des dents de boa. Ensuite il traçait sur le sol une croix avec de la poudre fusil, qu’il enflammait pour que le malade étendit le bras dans la fumée…. » (312)

訳;ボア(大蛇)の牙で患者の咬まれた前腕を突く、地に火薬で十の字を描いて火をつけ、前腕を煙に曝す….最後にcachaca(地場蒸留のラム酒)を患者に呑ませて終了。

(この町、Bugresをネット検索すると現在の人口31千人、7200平方メートル。ちょっとした市に成長している)

村にturma de poiero(薬草)採りの一団を率いる男が滞在した。治療の手際を見て俗医師に「日曜まで滞在しないか、薬草採りの手下が到着する。奴らに予防術(vacciner免疫)を施してもらいたい」と依頼した。報酬は一人あたり5フラン、人数は書かれてないが10人とすると50フラン。俗医師はすぐさま引き受けた。

この価値を推量する。フランスは1960年に100分の1のデノミネーションを実施した、戦前1938年の話しだから対応する価額は500フランとなる(現在フランはユーロに切り替わっている)。固定相場制時期(戦後から1973年まで)の円フラン相場は71円、これをフランの価値の高低、戦前であるなどを気にせず適用すると5x100x71で一人あたり\35,500.-の計算となる。10人揃うわけだから\355,000。ちょっとした臨時収入となる。



 

信じやすさ疑い深さ
の概略図
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 信じやすさ、ニセ信じやすさは多層社会を効率よく運営するために必須。レヴィストロースはサンタクロースを例に上げて、Credulité理論を展開する(別投稿で)  

土曜の朝、集団住居の入り口の辺り、犬のけたたましい吠えが止まない。cascavel、毒蛇がとぐろを巻いていた。立てた尻尾を振り鳴らすガラガラのかすれ音から怒り狂っていると分かる。薬草採り団長は俗医師に蛇退治を命じた。医師は拒否する。団長は「お前は免疫を受けているだろうに、蛇を捕まえられないなら、怪しい術だ。手下への免疫は取りやめだ」けしかけた。

35万円の報酬は諦めきれず、蛇に手を出し咬まれて俗医師は死んだ。以上が現地人から聞いた土俗医痛恨の失敗譚。

これを語った現地人は「実は私も予防を受けた、最後に免疫効果を確かめるために腕を蛇に咬ませた。その蛇は無毒種だった」と打ち明けた。ここに語られている人々の判断、そして考え方についてレヴィストロースはそれが「ブラジル内陸部に共通」する心情としている。さらに;

« de même , pensait sans doute mon interlocuteur de Rosario » ロザリオ(アルゼンチン二番目の市=当時)出身の通訳にしてもこの(ブラジル内陸の民衆)判断を同じに持つとした。であれば南米の住民に広く伝わる判断、考え方の様態である。

いったいこの「判断、考え方」とは何か。レヴィストロースの注釈が入る。

 « il illustre bien ce mélange de malice et de naïveté – à propos d’incidents tragiques traites comme de menus événements de la vie quotidienne qui caractérise la pensée populaire de l’intérieur du Brésil » 悲劇的な結末を日常の出来事のごとく取り扱う語り口から、思考に信じやすさと悪意の入り交じり模様が浮かびあがり、ブラジル内陸民衆の心情はかくありと伝えている。

 

naïveté信じやすさとmalice悪意」が南米に広く伝わる心も持ち方、行動の起因であると。

maliceの意義は「悪意」であるが「悪意の籠もった口出し」。すなわち意識のみならず、具体的行動にも及ぶ(辞書ではaptitude à FAIRE le mal大文字は筆者)。すると上の逸話ではnaïvetéは占いまがいの免疫術をすぐさま信じた薬草団長の判断を指し、信じた裏腹に悪意が蠢き、俗医師に毒蛇を捕まえろとの指示を下し、これが悪意maliceに他ならない。

幼稚さとその反動狡猾さ、両者を心の内に渾然と秘めるブラジル内陸部の、さらには広く南米の民衆の典型がこの逸話に読めた。

 

一通りを聞き(書き)終えたレヴィストロースは、ラホール(パキスタン)に立ち寄りアフマディ教団長から歓待を受けた晩餐での会話を思い出した。3の逸話の時系列が錯綜するので、順番を期すと;

まず土俗医師の話が1938年の現地調査の旅。次は1947年パキスタン、インド、ビルマ(当時)を巡った飛行機の旅。エスカルした各空港に降り立ち内陸に足を伸ばし、ラホールでアフマディ教団(ラホール分派)スルタンに面談した。両の出来事を思い返して、南米先住民とアフマディ派の思考と判断が同一線上に位置すると気付いたのは本書の執筆時の1955年。

アフマディ教団はネオムスリムとも称された。活動、教義にはイスラム正統派に較べ柔軟さが際だつ(Wiki調べ)。レヴィストロースの解釈を聞こう;

« Les Ahmadi s’écartent de l’orthodoxie, notamment par l’affirmation que tous ceux qui se sont proclamés messies au cours de l’histoire (au nombre desquels ils comptent Socrate et le Boudale furent effectivement : sinon Dieu aurait châtié leur impudence »




 
Bugresをネット検索すると現在の人口3万1千人、7200平方メートル。ちょっとした市に成長している





 

訳;アフマディ教団はイスラム正統派と離れた教義を持つ。救世主(メシア)と称した歴史上の聖人を認める点が独自である。そのなかにはソクラテス、ブッダも救世主と数えている。なぜなら(もしも彼らが似非であったなら)その不用心なる言動を神は罰していた筈だから。

(訳注:Boudaを大文字で始めてle(あの)を冠した。幾聖かのブッダ(如来)のうち歴史で確かめられている釈迦である)

アフマディ教団のなかでラホール分派は少数ながら、当時(1947年)はなお一層の独自性(柔軟性)を保っていたらしい(Wikipedia)。ラホール訪問の年の分派教団長はムハンマドアリ。レヴィストロースの語った相手の名前地位の記録は文中に見あたらないが、発言の大胆性、異端と目される教義根幹に結びつく内容からして、教団長アリ猊下であると推測する次第です。

 

信じてしまう、悪意を抱える、ブラジルの精神構造の二極。俗医師に戻る。難文;

« les puissances surnaturelles provoquées par le rebouteux, si sa magie n’avait été réelle, auraient tenu à le démentir en rendant venimeux un serpent qui ne l’était pas habituellement »

俗医師がまやかし者であったのなら、呼び込んだ超自然の力は彼をすっかり欺いて、普段は毒持ちでない蛇を毒蛇に変えてしまった筈だ。

無毒の蛇を毒蛇に変えてしまった(条件法過去、事実でなかった)ーが理解できなかった。無毒の蛇が出てくるのは、免疫術の被険者を咬ませる効能判定の場のみ。俗医師を「n’avait été réelleもし正しくなかったら」としているので、事実は「正しかった」。正しいとは神に欺かれなかったに尽きる。よって呼び出した魔術も「正しい」。超自然に欺かられなかったから彼は、無毒蛇を無毒蛇のままで免疫術の検証に使った。分かりにくいから条件法過去を直説法過去に書き換える。

 « les puissances surnaturelles n’étaient pas tenu à le démentir en rendant serpent venimeux, parce que sa magie étaient réelle » 彼の魔術は現実であったから、超自然の力は無毒蛇を有毒化して、彼を騙すことはしてはいない。

この直説法変換の文は「免疫効果の検証」、俗医師が平素行っている実際は無毒蛇を噛ませる、を彷彿させる。免疫の効果を調べたのではなく、己の術の正義さを自然が認めるかを確認した。そして自然は自然のまま、変化はなかった。故に、無毒の対局、毒蛇は常に毒の威力を保ったまま、かみついた。










 


レヴィストロースと宗教
論議を交わした
アフマディ教団

教団長アリ猊下
(当時1953年)
 

意訳;無毒の蛇を被術者に咬ませるはいつものやり方。当然、被険者(通訳)に毒害は及ばない。それ故に被検者(ロザリオ市の通訳)はこの通り生きている。俗医師は施術の正当性を主張する。そして己の免疫術は「毒に有効だ」と被険者は信じ込んで、毒蛇に噛まれたら治癒に励む(しかない)。

被険者はnaïveté信じやすさを持つから、咬ませ蛇は無毒と知るけれど、彼の正統性を認めるから免疫有効性に疑問を抱かない。施術の後に藪に入るに怖じ気づかない。俗医師が咬まれ死んだ理由は、彼を欺かない自然には毒蛇に毒がある、無毒蛇には毒がない、この真理が正しく継続していたから。

 

2の挿話(アフマディ派と土俗医)とレヴィストロースの曲がりくねる修辞から得られるキョ~ク~ン:

 

1      信じやすさの反応とは寛容、その対極にかならず悪意の口出し。

(南アメリカ先住民の心情、世界多くの民族にも言えるとレヴィストロース)

2      神は寛容、正しきを罰しない、故にソクラテスは聖者。

(アフマディ派の教義、正しきは罰せられない)

3      悪意の口出しが自然の判定を求めた。自然は土俗医を欺かなかい、そして死んだ。

 (土俗医師を取り巻く環境、悪意の口出しが土俗医を死に追いやった)

 

 

 

不可解事象への反応、判断そして行動と一括する。それをPDFにまとめた。

図の説明 :

 

信じやすさに対極するは疑い深さ、これが不可解事象に対する人の反応。この軸を縦にして行動律とする。もう一つの軸とは悪意と寛容を対峙させる。これが精神作用、軸を横にとる。レヴィストロースは悪意と寛容を同じ精神活動の作用、反作用と論じる。

十字の2軸には対立しながらも、あり方としては肯定と否定、作用と反作用と有様の差異を表している。事象に立ち向かう精神と行動の作用といえる。

(2023年9月30日)

 
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