部族民通信ホームページ   投稿2023年9月15日  開設元年6月10日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに 読み物のページに    
女狩人は存在しない  
   

「女狩人は存在しない、何故か」

朝に起きて昼に働く、夜にはテレビ見て寝る人、フツーの人はそうした疑問を持ちません。「謎なのだ、幾世紀、幾十年も民族学者を悩ませていた提題なのだ」とある方が騒いでも、一般の人には関係は薄い。そこで結構ヒマな部族民が考えた。そのワケは、

社会の根底は婚姻にあり、畢竟、それは財の交換の体系なのだ!

財とは動産、不動産のみならず、技術、利権が含まれる。利権とは部族男、女が持つ既得権です。女(娘)は母からその既得権を譲り受ける。採取と土地の耕作権となります。では男(息子)は?彼が父親から受ける利権は「狩り」。狩りの道具、狩る仕組み、そして族民がそれを持ち、他部族と抗争しても守り抜く「縄張り」で、狩りを行う利権です。
結婚とは部族多くで婿入りの形態を採ります。男が婿入先に持ち込む財は「狩りの技術と狩りの権利」。採取と耕作が女の利権であると同時に狩りは男の既得権です。

 

レヴィストロース著神話学第一巻Le cru et le cuit生と調理から、

神話13 Guarani-Mbya族伝承 l’ogresse Charia 女鬼チャリア(83頁)

 « L’ogresse Charia trouva des coatis et en tua un. Le héros Kuaray (Soleil) grimpa à un arbre et Charia lui tua une flèche. Soleil freignit d’être mort et déféqua. Charia recueillit les excréments, les enveloppa dans des feuilles de lis et les mit dans sa hotte avec le cadavre, en dessous des coatis. Puis elle alla à la pèche, laissant son panier sur la berge. Soleil en profita pour fuir, après avoir placé une pierre au fond de panier.

 Charia arrive à sa cabane, ses filles regardent dans la hotte : « Voici le Niakan-rachichan ! et ses excréments ! » Les filles sortent les coatis : « Voici les coatis… une pierre ! et cela, c’est… une pierre » Il n’y avait qu’une pierre en dessous des coatis » (Cadogan, p. 80-81)

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Description générée automatiquement図 鼻グマ本書から

チャリアは女鬼、狩りに出て鼻グマをしとめた。 木に登った太陽神をめざとく発見、矢を放った。命中、太陽神は落木して屎を垂れた(毒矢で仕留められた猿の症状)。実は太陽神は死に擬しただけ。それと見抜けずChariaは太陽神を籠に取り込み、屎を葉っぱにくるみ詰め込んだ(偉い人の屎は呪いの材料)。帰り際に川に足を止めて漁を試み、籠は岸に置いた。太陽神は仕留められていないから石ころ一つを詰めて逃げ出した。ついでに鼻グマも蘇生させて籠から逃した。巣穴に帰って娘らにチャリアは

「今日は獲物が多いぞ、鼻グマにニアカンラチチャン(太陽神の本名)」

ワーイ、籠に取り巻き子らが中身を引っ張り出した。
「カーちゃん、石ころと屎しかない」
「アレーッ、騙された」女鬼チャリアは迂闊さを悔やんだ、腹ぺらしの子供はましてがっかり。(訳は部族民通信、一部を改編)

 

神話学第1巻の本神話で狩りに出るChariaを女鬼としたレヴィストロース。第2L’Origine des manières de table食事作法の起源にてこの神話のChariaを再び引用した。« Le cadet malhabile devient la proie de l’ogre Charia (et non ogresse, comme nous l’avions écrit dans le Cru et le Cuit), qui le mange sous les regards horrifiés… »

(太陽と月の兄弟が、悪霊が独り占めにする釣り針を盗むために魚に変身したーの前段)弟(太陽)はしくじってCharia鬼(男性形)に貪り食われる。ここで« nous l’avions écrit dans le Cru et le Cuit » 生と調理でこの鬼を迂闊にも(par inadvertance)女鬼と書いてしまったが(男の)鬼ですーとあえて注釈をはさんだ。

 

Ogresse女鬼と取り違えた背景を推測すると、Chariaは南欧圏では女性が受ける愛称。スタッフ誰かが慣れ親しんだ名から、ふと南米土俗の鬼Chariaを女鬼としてしまったのであろう。ヨーロッパ、アジアはおろかアフリカにもアメリカにも女狩人は存在しない。女鬼も意地悪婆さんと並んで女の一種だから、狩りに勤しむ嗜みを持つハズはない。見落としたレヴィストロースは、あえて「迂闊だった」と釈明した。迂闊とまで弁明した理由は「女狩人は存在しない」の「民族学的常識」を逸脱してしまったからに違いない。

 親族の基本構造Les structures élémentaire de la patantéから ;

Murngin族の婚姻体系において、交換の実体は婿を一般化の様態で贈り、貰うのだが、その思想は「財のやり取り」。財には2種あって系統内で承継する財、これは交換に回さない。もう一方の財は他者に贈って、その他者がまた誰かに贈って...と族内を周回、交換させる。族民はこれらを峻別している。同族民は狩猟採取を生業とするから、女が家屋田畑(採取する草原と耕作する土地)を所有し、男は狩猟する用具と技術、そして族民社会で認められる権利を相続する。
女所有財(田畑家屋)は交換に出さない、男所有財はその男とともに交換される。

交換できない財を所有する女が、交換する財の「狩猟する権利」は持てない。

Murngin族の体系を知る前には以下の理屈をこねくり回した。これもご参考に付け足します。  

物理、理念、摂理の三欠損で女は猟師になれない。

1物理。女はひ弱だから狩りに向かない。これはやはり正しい。
獲物を狩るとは。狩るまでの労苦、辛抱は女も勝る。しかし狩りとった獣を前に女は非力だ。皮を剥ぎ、血を抜いて腸抜き四肢を分解する。頭から足先が血と脂にまみれても、夜になっても疲れ果てても、もっこに担いで村に持ち帰る。これは男の仕事だろう。

さらには「月々に流れる血に穢れる身だからからこそ、さらなる汚れの獣血を女が受けてはならぬ」などとご先祖様が御託を並べたかもしれない。

2
理念。
狩りは特権である。その権利とは獲物を狩って持ち帰り、満面にドヤを浮かべて女子供らに分配する権利である。これは一子相続、長子に譲られる。娘には絶対に渡されない。肉をハミたければ女は男に、屈強若者に、特に勇猛猛者に身をあずける選択しか残らない。「肉」を喰いたいがために色恋抜きの食欲一本道の直滑降で、先住民女は、ボロロ女に限らず、男に身をまかした(神話での話)。特権と優越、受容と堪能、これこそが社会安定の秘策であったのだ!


3
摂理
狩りは自然界への人の干渉である。獣を殺すは自然への挑戦でしかない。自然は狩人に反撃する。レヴィストロース神話学では「分別ない狩猟、見境なく狩る」「獣が無防備にある夜の狩猟」には懲罰がくだされる。

生き死にの沸騰点に追いつめられる因果の業が男の狩りだ。再生産を担う(子を産む)女を修羅場に押し出す必然はない。

青木繁「海の幸」(国の重要文化財)
繁が描いた狩人は海を狩る漁師である。この列に女はいない。海を狩るとは自然への窃盗である。報復を必ず受ける。嵐と報復の海に女は置けない。

(実はこの漁師の列には一人だけ女らしき顔が見えている。上図は縮小で見えにくいが、女らしい白い丸顔が認められる。繁の許嫁の福田たね、との注釈を読んだ) 了(2023915日)

 

 

 

スライド右は青木繁の海の幸
漁師が大物獲物を意気揚々と
担ぎ水揚げしている。漁は男の
特権。
左は歌麿の海女。彼女らは
採取に勤しむ。猟と漁の差こそ
あれ、男と女の活動領域は似
通う。

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