| その範疇は;
1
上下(おやこ)婚たはけ。子と母、娘と父。
2
水平(兄弟姉妹)婚たはけ。兄弟と姉妹。古事記に事例がある(後述)けれど、忌避されるは同腹の兄弟と姉妹。異腹兄弟姉妹の婚は大目にみられ、干渉されず夫婦に結ばれた(歴史に名を残す皇族にも例が)。
3
娘と母、ないし母と娘との同時(ドンブリ)たはけ(頭注に母と子、子と母を犯す...)。これは己の姑と、あるいは義理娘との淫であろう。
(内容はより時代が下る延喜式、成立927年、の祝詞から採った。同式が古事記内容をより詳細に記述したとの判断、延喜式は補遺にて取りあげる)
祝詞のたはけと「親族の基本構造」が論じている「近親婚禁止」と比較したい;
レヴィストロースの主張では「…禁止」は「同系統の男女の婚」に限定される。血縁が近くても別系統であれば婚は許される(交叉いとこ)。上の祝詞での1(上下婚)と2(姉妹婚)は彼が伝えるとおりの同じ系統での婚と姦の禁止。
3はどうだろうか。婿と姑は別系統であるが、近親婚とされる。1, 2に同じく、多くで禁止される。レヴィストロースはこうした規定にも文化が介入し、禁止を制度としている。
ボルネオ先住民の例では姑、義理姉妹との婚たはけは実の関係(実母、実姉妹)より厳しく禁止されているとの(民族誌)報告を挙げている。
その行為を「穢れ」として決めつけ宗教教義に組み込み、対処方式(祓い)を規定した。これは社会の制度である。範囲制定と禁止(穢れとする)、別系統でも近親婚と定義する。穢れを祓う儀礼、レヴィストロース説、近親婚禁止とは範囲を制定し罰を与える、それが当てはまっている。日本には古文書資料として残されていた。
古事記に戻る、
崩御を確かめ宿禰は「国のヌサ」をとり殯宮に鎮座する神に向かい、息途絶えたスメラギ死骸を下に見てヌサを大振いして穢れを祓った。天皇に結集して死に至らしめた国の罪穢がヌサ祓いで清められた。これこそ「祓い」の原点、本朝の黎明期なれば神事始めの礼拝(神託伺い)と、穢れ禊、ヌサ祓いの儀式がかくと制定された。
国のヌサには規定があって「高天原の堅木を採って、高天原の苧麻をしごいて....延喜式」神主さんが祝詞で用いる今様ヌサの原型です。国の穢れとは、
上引用の「…上通下通婚(おやたはけ、こたはけ)、馬婚、牛婚、鶏婚の罪の類の種々…」であり、それのみである(生き剥ぎ…は国津罪、後述)。本朝この世(4世紀)は野に山に、罪穢を跋扈のなすままに汚れまくりの国土だったのだ。こんな名誉ではない結論に走ってしまう…。
神道原点は「穢れと祓い」だから神の末裔、国の統帥たる天皇は、少数の不届きモノがまき散らす汚悪を封じ込めん、臣雑民には平安あれと日夜、気にかけている。その原点が宿禰祝詞にあるとの見方は自然である。
国祓えは大祓えと名称が変更され、6月と12月の晦日に行われることとなった(同書229頁)。古事記と変わることなく祝詞は「….上通下通婚(おやたはけ、こたはけ)、馬婚、…罪の類の種々(くさぐさ)まぎて…」。これを神の前にこれを吟じ、明治維新まで(宮中行事として)継続した。
古事記のたはけの実例、
允恭天皇記(同じく日本古典文学大系古事記、岩波)から、
木梨軽皇子と衣通王(そとおり姫)の水平婚(あにいもたはけ)。顛末は罪、残すは穢であるが、人には「悲恋」として口に上る。レヴィストロースが日本古書からとして「親族の基本構造」に引用した(固有名詞は用いていないが)。
木梨軽皇子、日継ぎ知らしめますに定まるを、未だ位に即(つ)きたまはざりし間に、その伊呂妹(いろも、同腹の妹、同書注から)軽大郎女、亦の名は衣通郎女(そとほしのいつらめ)に姧けて歌ひたまひく、
♪あしひきの 山田を作り 山高み 下樋を走せ 下といに 我がとふ妹を下泣きに 我が泣く妻を 昨夜(こぞ)こそは 安く肌触れ♪(同書293頁)
「山田を耕しその高みから(人目をはばからず)、埋め樋を通しその樋から(人目を忍び)我が訪ねる妹を、忍びに泣く妻を、昨夜やっと優しく抱いたのだ」
もう一首
♪笹葉に打つや霰の たしだしに 率(い)ねてむ後は 人は離(か)ゆとも 愛(うるわし)と さ寝しさ寝てば 刈薦(かりこも)の乱れば乱れ さ寝しさ寝てば♪(同293頁)
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