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親族の基本構造4 心理学、社会学からの説明  
心の心の範疇、例えば願望、憧憬、毛嫌い忌避などが社会の規則に取り上げられ、制度化される仕組みはない。社会の規則はそれを維
持する力学構造から生まれる。心理学の観点から近親婚の禁止を説く論調をpetition de principe すり替え説明と切り捨てたレヴィストロースは社会人類学者です。
 

親族の基本構造4 心理学、社会学からの説明 上

心理学からの説明。

人は本能的に近親姦を怖れ忌避する、この心理ゆえの近親婚の禁止説を取り上げます。

 « la prohibition de l’inceste n’est autre que la projection ou le reflet, sur le plan social de sentiments ou de tendances que la nature de l’homme suffit entièrement à expliquer » ()

訳:人が抱える感情あるいは性向など、いわば自然的性格の吐出が社会制度に投影、反映していると考えている。そうすれば「近親婚の禁止」は完全に説明できると主張する。

続いて心理学者WestermarckHavelock Ellis(18591939年英国)らへの批判にはいる。

1      姦淫に至る近親との関係はとあるきっかけ、または多くが(幼年には共に生活せず)後に巡り会い、異性として認識する状況(une connaissance supposée, ou postérieurement établie)にのみ発生する(と彼らは規定する)。

2      日頃顔をつきあわせている近親異性には性的興奮が発生しない。(la répugnance vis-à-vis de l’inceste s’explique par le rôle négatif des habitudes quotidienne sur l’excitabilité érotique. 性的興奮度に対して日常の接触が否定的に働く事で近親姦淫への忌避が説明できる。19頁)

 

レヴィストロースの批判は;

2の性状を混同している。1平素を共にする配偶者は相手への性的興奮度が減衰する、こうした事情を例証として取り上げている。この論理の進め方をレヴィストロースが否定した。指摘は「配偶者間おいては興奮の衰弱はあるかも知れないが、日常的に姦淫を実行していない近親間にもその傾向を当てはめるのはすり替え論理として」受け入れられないとしている。

そして注目の発言が、

 « Mais rien n’est plus douteux que cette prétendue répugnance instinctive. Car l’inceste, bien que par la loi et les mœurs, existe ; il est même beaucoup plus fréquent qu’une collective de silence ne tendrait à le supposer. Expliquer l’universalité théorique de la règle par l’universalité du sentiment ou de la tendancec’est ouvrir un nouveau problème ; car le fait prétendu universel ne l’est en aucune façon » (20)

しかるに彼らが主張するとことの近親姦淫への本能的嫌悪については、これほど明らかな事象は他にない。なぜなら近親姦淫はそれを法で、また倫理で戒めているけれど、確実に実践されている。沈黙し、無視しようとも集団、社会が想定する以上にその頻度は多い。さらには規則の汎人類性(近親姦淫の禁忌)を感情、性向で説明する(Westermarqueら)展開は新たな問題を提起する。感情の普遍性は証明されていない。

レヴィストロースは逆説を用いた。近親姦淫への憎悪は確かだ、なぜならそれは多いから(それ故に少ないと前引用のWestermarqueらの説明とは逆)。制度では婚姻を規制しているにもかかわらず、姦淫は多く実行されている。故に嫌悪を催す心理が生まれる。「実行したいとする心理がある、だから禁止する」上記心理説とは「真逆の」心理説に入ります。

 

心理学の第2の説明、フロイト精神分析手法(深層心理)を取り上げ、これも「近親婚禁止を説明できない」と切り捨てた。理由として「母との婚姻を希求する個人、深層心理=オイデプスコンプレックス」の行為は禁忌と忌まわしまれ、破ると糾弾され社会制裁を受ける。一方で母でない近親でもない女との婚姻はいかなる社会でも糾弾されない。母妹ではない女との婚姻はなぜ糾弾されないのか、心理学説にはこの両側(糾弾される場合とされない場合)があるのだが、その説明はない。

近親婚の禁止は人類にあまねく広まる。この汎人類性(universalité)に彼らは注目して、同じく「汎人類的」である深層心理を持ち出した。個別は一般を説明できないわけだから、同じく一般的なレベルの事象を持ち込む。この手法は正しい、このように解釈して第1説明の遺伝劣化に比べてマシとも言えることになります。

「精神分析手法は、(トーテム信仰など地域に偏る例を出す説よりは)マシな展開」を見せるとレヴィストロースは曰う。

「憧憬、希求なる心理作用による婚姻願望は様々な男女関係で発生するが、近親関係にのみ禁止され、実践した個人には必ず厳しい掣肘が与えられる」。禁止の汎人類性に注目するが、特殊性(いつでもどこでも厳格に=禁止の三角関係という=の罰則)には考察が至らなかった訳である。

 

かみ砕いて説明すると七生村の太郎が(近親ではない)程久保村のアキコチャンに恋した。「好きになったから結婚したいとは不届きなヤツ」なる罵声を誰も太郎に浴びせない。「laisser faire好きにしなさい」と無関心である。一方アキコチャンが近親、叔母とか姪だったら制裁される。同じ好き (心理) でも一方では勝手にしたら、近親だったらダメ!と社会の対応がことなる。すると好き嫌いの前に「個人対個人の関係に近親の範疇」制度が入り込んでいる。オイデプスコンプレックスなる「汎人類」を持ち込んだ論理は、これ(禁止か容認か)を説明していない。

 

3の社会学的説明に入ります。

 « Les explications du troisième type présentent ceci de commun avec celle qui vient d’être discutée prétendent, elles aussi, éliminer un des termes de l’antinomie. En ce sens, elles s’opposent toutes deux aux explications du premier type, qui maintiennent les deux termes, tout en essayant de les dissocier » (22)

3の説明は直前に紹介してきた説と共通の要素を持つ。(説明が内包する)論理矛盾を排除したと主張している点である。

若干の寄り道を許せ。

第1説の生物学説明の第1矛盾は「人類遺伝子の均質性からその(遺伝劣化)危険性はない」。第2の矛盾は遺伝劣化の危険が起こりうる筈のない関係をも禁止している。この2点に矛盾が生じている。2番目説(心理学)は先述した通り。

社会学的説明は先住民観察成果を元にしているから、第1説の陥穽(実際と離れる)は免れる。2の学派が主張した。

 

1      Frazer (1854~1941英国)、Morganら。Exogamie(族外婚)の遺構として。またMcLennan1827~1881英国)らが族外婚と「略奪婚」を融合させた仕組みが社会の古典的形態であり、ここに近親婚の禁止が始まるとしている。

2      Durkheim(1858~1917年フランス) 。族外婚にトーテム信仰、「血の原理」を加え近親婚禁止を説明する。


基本構造1リンク
基本構造2
基本構造3
基本構造4
基本構造5
基本構造6
基本構造7


親族構造のプレゼン1(限定交換PDF)
アンドレヴェイユの数値による親族解析


ショートムービー(5分)

Youtube動画(10分)
Youtubeに入ってyrb_h8d5bjaで検索












 

エディプスコンプレックスなどと書いてると気分が滅入る。お読みになる方も同感かと。
ピカソの母子の素描で心慰めてください。(部族民が購入した絵葉書をデジカメ、原画はアムステルダムの美術館)
   

レヴィストロースはこれら2説も、やはり論理に落とし穴が見られるとしている。その一文、

 « La force de cette interprétation provient de son aptitude à organiser, dans un seul et même système, des phénomènes très différents les uns des autres et dont chacun, pris à part , semble difficilement intelligible » (24)

つじつま合わせ急ぐあまりこれら解釈は、それ自体に、それが向かう流れにも、雑多な事象のつなぎ合わせのあまり、それら事象のいちいちが理解不能に陥っている。

上訳は分かりにくい。意訳すると;

まず結論ありきの無理技で説明している。関連のない事柄をつなぎ合わせて、論理の手順からして無理筋となっているが、無理筋の辻褄あわせを試みている。

 

レヴィストロースにかかればFrazerDurkheim(英国人類学者、仏国社会学者)であろうと辛辣批判に曝される。彼の強気は前2の説明(遺伝劣化および心理学)批判で強調した、禁止の汎人類性universalitéと個別性(近親の範囲のばらつき)との整合を取れないから。

すなわち;

「社会学的説明に立脚すれば、観察された事象は部族的でありその場限り、個別的となる。汎人類事象に演繹するには別の次元での検証が必要となる」に尽きる。

例えると:北米アルゴンキンのとある支族は鷹と狼のトーテムを信仰する。鷹属の娘と狼属の息子でしか婚姻を認めない(あくまで例)。ここに近親婚禁止の制度ができる。しかしこの原理は日本人の私が近親婚を忌避する(汎人類的)事情を説明しない、踏み外して姪と所帯を持って村八分を食らってしまった(例です)過酷な罰も説明しない。

 

レヴィストロースに戻る。 « Lubbock trace le schéma d’une révolution qui aurait consacré le passage d’un mariage de groupe, de caractère endogamique, au mariage exogamique par capture. Les épouses obtenues par ce dernier procédé, en opposition avec les précédentes, auraient seules possédé le statut de biens individuels, fournissant ainsi le prototype du mariage individualiste moderne » (23)

Lubbockは族内婚の性格を帯びる「集団」結婚から、略奪により配偶者を得る族外婚への道筋を想定した。略奪された妻の地位は、前者(集団結婚での妻)と較べ個人的財産(夫の所有物)として立場が確立している。近代的結婚、夫婦関係のひな形となっている。

 

結婚形態を集団から個人間、近代的成人同士の合意にまで「進化」する図式を想定していたと読める。個人が目覚め、隣村からめぼしい女を盗んでくる。晴れて夫の所有物となり、ここに個人性をもつ妻が生まれる。略奪が近親婚の忌避に繋がり、近代的細君の原型となったと主張する。

21世紀今となっては荒唐無稽の感を抑えきれない。

 

近親婚の禁止(以下禁止)を社会の仕組みと結びつけて説明する最初の仮説がLubbock20世紀初頭において進化論の影響下にあり、原始状態から人の文化を探る試みだった。

 « Toutes ces conceptions peuvent être écartées pour une raison très simple : si elles ne veulent établir aucune connexion entre exogamie et la prohibition de l’inceste, elles sont étrangères à notre étude ; si, au contraire, elles offrent des solutions applicables, non seulement aux règles d’exogamie mais à cette forme particulière d’exogamie que constitue la prohibition de l’inceste, elles sont entièrement irrecevables. (23)

これらの論調についてある一点からの検証が必要である。もし族外婚と「近親婚」との関連に言及しないのであれば、我々の研究(親族の基本構造)と関係が薄い。族外婚のみならず略奪婚が「近親婚」を導入する前段階であるとすれば、(その論調は)受け入れられない。

全否定と読める。社会進化の重要点である族外婚から「近親婚」への、逆向き力学の運動軌跡に一語にも言及がない点を指摘したと見る。

 « Car elles prétendraient une loi générale - la prohibition de l’inceste - de tel ou tel phénomène spécial, de caractère souvent anecdotique, propre sans doute à certaines sociétés, mais dont il n’est pas possible d’universaliser l’occurrence. Ce vice méthodologique leur sont communs avec la théorie de Durkheim… » ()

その説(略奪婚から禁止)は一つの一般化されている法則「近親婚」を説明するに、挿話的で特定社会での個別事象をもって当てている。その進め方ではこの「近親婚」の発生を論ずることは出来ない。(個別をもって一般に敷衍する)論理の陥穽はDurkheimにしても踏み迷っている。

 

レヴィストロースの説は「初めに禁止がありき」で禁止から族外婚などの社会制度が派生した。一方Lubbockらは族外婚が禁止を招いたと逆方向で説明している。Durkheimにしても同様です。

 

 « L’hypothèse avancée par Durkheim dans l’important travail qui… »23頁後略)その重要な著作でデュルケイムは近親婚に関して仮説(hypothèse)を広げているが、それには3重の性格(triple caractère)が認められる。

 
   

 « D’abord elle se fond sur l’universalisation de faits observés dans un groupe de sociétés limité ; ensuite, elle fait de la prohibition de l’inceste une conséquence lointaine des règle exogamie. Ces dernières, enfin, sont interprétées en fonction de phénomènes d’un autre ordre » (同)

まずいくつかの(連合している)社会の中での1グループでの観察報告をして一般化(universalisation)を試みている点、2次に「近親婚...」は遠い過去の族外婚の 遺構であると、逆向きの軌跡を主張している点。3点目にこれら2点を別の個別例で観測される事象をもって説明している事である。

 

主張の正誤は問わず、説明する裏側、論理の道筋への批判である。ここでは2の事象を取り上げ、連関を証明する前に因果を紐付けている。論理展開は見られず、寄せ集めである。

ではその内容;

オーストラリア原住民(アボリジン)の社会をして、(人類の)原始時代の形態を残す、類共通の祖型社会であるとDurkheimは解釈した。彼らは特定の動物を先祖、守護神と仰ぐ「トーテム信仰」をいまも抱き、トーテムそのものが部族の独自性(identité)を保証する。その独自とは具体的で目に見える物質「血」と結びつき、社会の起源とその立ち位置を魔術生物的(magico-biologie)に説明して、部族のよりどころとしている(24頁)。

トーテムが族民統合の象徴であれば「血」はその表象と言える。よって「血」は族民に不可触、怖れとなる。 « Cette crainte du sang clanique est particulièrement intense dans le cas du sang menstruel, et elle explique pourquoi, dans la plupart des sociétés primitives, les femmes sont, d’abord à l’occasion de leurs règles, puis d’une façon plus générale, objet de croyances magiques et frappées d’interdit spéciaux » (24)

部族民が怖れる「血」は女性の月経に及ぶ。多くの未開社会において女性には、月経時には特に血の怖れが伴い、平時においても魔術信心の対象となる特例的禁止の対象であることを、この怖れが説明している。

 

Durkheimは団結としての「血」が怖れに変わり、女性の不可触化に至る慣習につながった過程を記している。 « La prohibition touchant les femmes et leur ségrégation, telle qu’elle s’exprime dans la règle d’exogamie, ne seraient donc que la répercussion lointaine de croyances religieuses … » 月経はrépercussion lointaine de croyances religieuses古い信仰の遺構であり、同族の女性と性関係を持つは, 同族の血を触れるから、禁忌となった。

 « un homme ne peut contracter mariage au sein de son propre clan, c’est que , en agissant autrement, il entrerait en contact ou risquerait d’entrer en contact , avec ce sang qui est le signe visible et l’expression substantielle de sa parenté avec son totem »  ()

男は同族(clan支族)の女と婚姻関係を結んではならない。 この戒めと別の行動を取ると彼は同じトーテムの親族である女が持つ、目に見える具体的な表象の「血」との接触を犯すこととなる。

 « Ainsi donc , en suivant une marche analytique , nous voyons que pour Durkheim , la prohibition de l’inceste est un résidu de l’exogamie; que ces interdits trouvent leur origine dans la crainte du sang menstruel » Durkheimの分析手順を見ると「近親婚」は族外婚の遺構であり、その元を訪ねれば月経血への怖れであり、トーテム主神への

禁忌(禁止)戒めを遵守し「la croyance en la consubstantialité de l’individu , membre d’un clan , avec son totem()「同一体consubstantialité=神学用語、三位一体が3の別の格を一体であるとする同一状態を表すRobertから」を確信できるのである。

 

レヴィストロースはDurkheimに何を伝えるか:

(以下の節は前に引用、再掲) « La force de cette interprétation provient de son aptitude à organiser, dans un seul et même système, des phénomènes très différents les uns des autres et dont chacun , pris à part , semble difficilement intelligible » (24)

意訳:まず結論ありきの無理技で説明している。関連のない事柄をつなぎ合わせて、論理手順からして無理筋となっているが、力業で辻褄あわせを試みているだけである。

事例を結びつける論理の整合性を否定している。

 « Prenons la croyance en la substantialité totémique : nous savons qu’elle ne fait pas obstacle à la consommation du totem, mais seulement à celle-ci un caractère cérémonial. Or le mariage, l’acte sexuel lui-même, présentent un caractère cérémonial et rituel incompatible avec l’opération suppose de communion totémique qu’on veut y discerner. En second lieu l’horreur du sang menstruel n’est pas un phénomène universel » (25)

トーテム信仰とその実際性を取り上げると、トーテムを(儀式などに)持ち込む行為には、祭礼の性格を帯びる限り何ら問題がない。一方、婚姻とはそれ自体、男女間の行為に帰結するし、そこにトーテム集団の怖れる幻想は関わりなどもてない。さらに言えば、月経血への怖れにしても汎人類性などない。

 

「婚姻が男女間の」の意味合いとは、交合によって「血」が犯されるとする推測に対して結婚とは制度であり、「血」の穢れなるmagico-religieuse(魔術信仰)とは無関係である。先に近親婚は遺伝劣化を生み出すから禁止したなる解釈を否定した同じ歩調で、不可触なる血を汚すから禁止などはあり得ないとしている。

 

汎人類的である「近親婚」起源の説明にそれぞれが持ち込んだ仕掛けをまとめとして要約すると;

 

1 生物学的理由。

近親婚の結果は次世代に遺伝劣化を引き起こす。しかし民族誌で観察されている「怪物伝説」は必ずしも近親婚の結果ではない。

 

2 心理学的説明。フロイトらが主唱した「オイデプスコンプレックス=男は父を殺し」故であると。universalitéを「深層心理」とすることになる。しかし近親でない女性に男が近づいても、世間はlaisser faire勝手にしてを認める。社会から反応の差異の説明はない。すなわち近親婚の禁止は近親でない婚姻を推奨する。フロイトはここを言及していない。

個別の事象(オイデプスコンプレックス)をして一般性を持つ原理「近親婚」とした。この論理の行き違いを「pétition de principe論法の誤りすり替え」とレヴィストロースは切り捨てた。

 

3 社会学的説明でのuniversalitéは「過去の習俗」となる。それは民族誌でいくつかの、個々の事例として報告はされた。

3-1 かつて人間社会は略奪して妻を得て、次に族外婚の集団を形成した。族外婚は近親婚を禁止していた。(Hublocckなど)

3-2 トーテム集団の信仰が族内(近親)婚を血を汚すと怖れ、「近親婚」に結びついたとしている。

レヴィストロースは略奪婚、血の汚れは観察されることはあるが、あくまでも固別例であって、それ汎人類現象である「近親婚」への説明には使えないとした。

親族の基本構造4 社会学からの説明 下 了(202138日)

 
 
親族の基本構造5に続く

 
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